34 この家の主は……
気軽に扉を開けて「ただいま」と中へ入る富永氏。出迎えを待たずにさっさと靴を脱いで上がっていく。私に来いというように振り返ったけど、図々しくないかしら。迷っている間に、奥から来た人に声を掛けられた。
「大石さん、どうぞあがってください」
「えーと、それではお邪魔します。室長」
昼間に来た時には居なかったこの家の主である、滝浪秘書室長に言われたのです。促されるままにハイヒールを脱ごうとしたら、あとから急いできた春菜さんに「待って」と止められた。
「そのままクルリと回って頂戴」
言われるままにしたら、春菜さんは満足そうに息を吐き出した。
「服にも合っていていいわ。これは茉莉さんが選んだの?」
「えーと、課長の見立てです」
素直に答えたら、春菜さんは軽く眉を寄せながら「そう」と言った。……実は似合っていないとか? それとも私の女子力の無さに落胆したのだろうか。
でもすぐに気を取り直したようで、「さあ、あがって頂戴」と、言ってくれた。
午前と同じにリビングに通された。そこには何故か、お酒の瓶が並んでいた。えーと、これは?
「よかったら軽く飲まないかしら」
春菜さんがニコニコと言った。室長も笑顔で「どれを飲んでもいいぞ」と言っている。チラリと瓶に視線を送ると、庶民じゃ手が出しにくい銘柄の名前が見えた。思わず「いただきます」と言ってしまったけど、私は悪くないわよね。
「じぁあ、まずはこれから飲もう」
と室長が開けたのは、シャンパンでした。グラスに注いでもらい、軽く持ち上げて「乾杯」と言ってから一口飲んだ。流石室長がお勧めするだけはある。
「こんなものしかないけど、いろいろつまんでね」
こんなもの……謙遜がおかしい気がする。明らかに私が食べているよりも上質な生ハムやサラミ、チーズやソーセージが並んでいると思うのだけど。オリーブが添えられていますよね。普通はよっぽど好きでないと、オリーブなんて添えないと思うんだけど。私はあたりめや、なんちゃってサラミしか食べていませんよ。