28 これもレッスン?
話しをしながらも春菜さんは手を動かして、服装に会わせたお化粧をしてくれている。
「ここの辺りにこうぼかしてこの色をいれると、ほら見て。目元が引き立つでしょう」
鏡に映った姿は、これ誰? 状態でした。
「ああん、間違えちゃったわ。先に髪の毛を弄っておけば良かったわね。ねえ、髪形も変えてみない。というか、いいわよね」
私が了承する前に春菜さんの手が伸びてきて、軽くバレッタで留めていた髪が解かれた。サイドを軽く編み込まれて、後ろで留められた。
「ほら~。この方が可愛いわ」
仕上がりに満足したのか、手を引かれてリビングに戻った。
「どう? これならいいでしょう」
富永氏は……リビングに入ってきた私達を、ジッと見つめた。
「克明、何か言ったらどうなの」
春菜さんの言葉に、富永氏はハッと我に返ったようだ。
「似合っていて、可愛いよ」
「そうでしょ、そうでしょ」
満足そうに頷く春菜さん。
「それじゃあね、こういう服装になれるためにも、今から二人で出掛けてきなさい」
「はっ?」
「おっ、それはいいな。それなら、デートとはこういうものだって教えてやるよ」
私の戸惑いもよそに、親子の会話は進んでいく。
「あら、茉莉さんはデートをしたことがないの?」
「仕事帰りの食事だけだってさ」
「それならちょうどいいわ。いただき物のチケットがあるのよ。本当は行くつもりだったのに、他に予定が入ってしまったのね。無駄にしないためにも行ってきてくれないかしら」
「なんのチケット」
「歌舞伎なのよ。それが嫌なら、あとは映画の招待券や、ミュージカルの招待券もあるわよ」
そしてチケットの束を受け取った富永氏が、それを扇状に広げて振り向いた。
「どれがいい?」
えっと、選択権は私にあるんですか? でも、いただき物の歌舞伎のチケットが優先じゃないんですか?
「えーと、歌舞伎で」
「よし。それじゃあ、歌舞伎を見に行くことにしよう」
っと、決まったのに、春菜さんの姿が見えない。と思ったら、手にバッグを持って小走りに戻ってきた。
「その服なら、このバッグが合うと思うのよ。だからこっちになさいね」