26 富永氏の……お母さん
車を降りて……私は帰りたくなった。どう見てもブルジョアな邸宅よね。それに今更ながら、ここがどこなのか聞いていなかったと思いだした。
「あの課長、こちらはどなたのお家なのでしょうか」
「大石、仕事じゃないんだから、課長と呼ぶのはやめてくれ。そういや言ってなかったな。俺の親の家だ」
俺の親の家だ……って、富永氏の実家ですか? 内心かなり動揺をしたけど、背中に手を当てられて玄関まで連れていかれてしまった。……逃げようがないじゃないか。
チャイムを鳴らして富永氏がやり取りをして、玄関の中に入る。廊下の奥から見えた人影が嬉しそうに名前を呼んだ。
「克明。まあ、来るのなら先に連絡をしなさいね。ところでそちらのお嬢さんは」
どことなく可愛らしいその方はふんわりと柔らかな笑顔を浮かべていた。
「大石茉莉さんだ。俺の秘書をしてくれている」
「まあまあ、その方が。主人からも聞いているわ。とても優秀で、本当なら克明の秘書にするのはもったいないと言っていたわ」
「親父め~」
どうやら急な訪問なのに、歓迎してもらえそうだ。リビングに通されてお茶を出され、しばらくは親子の会話が続いた。
この家のご主人は朝早くにゴルフに行ってしまったとかでいないそう。富永氏のお母さんは春菜さんという名前。本当は富永氏にこの家に一緒に暮らしてほしいみたいだけど、もうしばらくは別に暮らすことになっているようだ。
そんなことを聞くとはなしに聞いていて、私のことに話題は移っていた。というか、富永氏は簡潔に説明をしたのよ。それは。
「大石が付き合っている奴がゲスな考えを持ったやつで、賭けをして大石に近づいたことがわかったんだ。そいつらを見返すために大石を変身させることにした。悪いけど、メイクとファッションのアドバイスをしてくれないか」
春菜さんは驚いたように目を丸くした後、ふんわりと微笑んだ。
「まあ、私でいいの? こんな、おばさんよ」
上品に微笑む春菜さんはとても50代後半には見えないくらい若々しい。ぜひ、その技を伝授してもらいたい。
「ぜひ、お願いします!」
私はまたも食いつき気味に言い、それがまた、富永氏の笑いを誘ってしまったのだった。