25 車……怖い
「それなら、ちょっと付き合わないか。メイクとファッションのアドバイスが出来る人を紹介してやる」
「行きます!」
食いつくように返事をした私に、富永氏はまた「クックッ」と笑っていた。
もう一度ここに戻るからと言われて、お泊り用のバッグは置いていくことになった。駐車場に行くと国産車が止めてあった。なんとなく意外な気がした。
で、この後私は怖い思いをすることになった。
「えーと、日本なんだから左側だったな」
そんなことを呟いて運転席に座った富永氏。……って、おい。
私は言葉を発することも出来ずに助手席に座っていた。海外に長くいた人の運転はこんなにも怖いものなのかと思ったのね。まず、右ハンドルに慣れていない。車線変更を違えそうになる。
そして、何が怖いって、富永氏の小さな声での悪態ですよ。慎重に運転しているのだろうけど、長年の癖はそう簡単に切り替わらないようで、「チッ」だの「あっ」が時々聞こえてくるのよ。
目的地に着いた時には、ホッとして体から力が抜けたわよ。それなのに、富永氏は不審そうな視線を向けてきた。
「車に慣れてないのか?」
言われた言葉にカチンと来て、つい言葉が滑り出た。
「……出来れば、教習所で日本のドライビングを習うことを勧めるわ」
あっ! という顔をした富永氏は、小さな声でもごもごと言った。
「あー、悪い。日本での運転は久しぶりで、ついな。……だが、そうだな。教習所で勉強をし直すのもいいかもしれないな」
素直な反応に私のほうがびっくりして、富永氏の顔を凝視してしまった。
「なんだよ」
「あっ、いえ。意見を聞き入れるとは思わなくて」
眉間にしわを寄せた富永氏に横目で睨まれた。から、本音を言っておいた。
「俺もここまで違いに戸惑うとは思わなかったんだよ。せいぜいハンドルに違和感を覚えるくらいだと思っていたからな」
「それでしたら、そちらのスケジュールも組むことにいたしましょうか」
「教習所は仕事の範囲外だろ」
「ですが本部長として、夕方以降の付き合いが出てきます。外回りのついでに、教習所に通われるのが、一番ベターだと思いますけど」
「親父たちはなんていうかな」
「免許を取得するためではないので、そんなに長い期間にはならないと思いますよ」
少し思案した富永氏は「わかった、頼む」と、言ったのでした。