157 記憶を探る……って! それは庶民には手が出しにくい……
「髪を乾かすまで前を向いていてくれないか」
富永氏はそう言って私の頭に手を置いた。無理矢理向きを変えないだけいいかと、素直に前を向いた。
ドライヤーの音に掻き消されない程度の声で富永氏が話し出した。
「いつから……と、いうのとは違うかな。もともと俺が考えていたプラン通りになったからな」
「そのプランとはどんなものだったんですか」
富永氏は少し黙ったあと、再び口を開いた。
「最初は茉莉の望み通りに、映画を見て、昼食を食べるつもりだった。その後、口実を作ってジュエリーショップに行って誕生日プレゼントを選び、ドレスアップさせてディナー&バーに行くつもりだったんだ。ところで、茉莉はどこまでちゃんと覚えているんだ」
富永氏の言葉に「ん?」と考えてみた。ジュエリーショップに行ったのはもちろん、ドレスアップさせられたのも覚えている。
ディナーとバー? あれ? 夕食って食べた……よね。お腹はすいてないもの。
ううん。腹具合は満足感がある。それなら夕食はちゃんと食べたはずだ。
「ええっと、ディナーは食べたんですよね?」
「やっぱりそこいら辺から記憶が曖昧か。……チッ。本当に余計なことしやがって」
髪を乾かし終わったらしく、ドライヤーの音が聞こえなくなった。富永氏はドライヤーを片づけに離れていった。
戻ってくるとキッチンのほうへ行く富永氏。
グラスを持ってすぐに戻ってきた。
あっ、違う。
またキッチンへと戻り、氷やマドラー、つまみ用なのか、チーズやハムを次々とソファーの前のローテーブルへと並べだした。
最後に洋酒……ブランデーの瓶を置いた。こ、これは。
「うわー、普通に手を出しにくい金額のものを、ぽんと出さないでくださいよ」
「別にいいだろ。もらいもんだし。家に何年も寝かせておくなら、飲める奴が飲めばいいんだよ。飲みたくないなら、ほかのを持ってくるけど」
「いや、飲みたくないとは言ってません。ご相伴させてください」
イソイソとソファーへと移動してきた私に、富永氏は苦笑を浮かべた。仕方がないじゃん。こんな高級なお酒。庶民には手が出せないもの。