153 帰る前に寄ったところは……
少し迷っていたら、富永氏が言ったの。
「食事も終わったし、店を出ようか」
その言葉に私は頷いた。支払いは御大持ちというので、しっかりとご好意に甘えることにした。
レストランを出てホテルを後にする前に、お手洗いへと寄りました。出てきたら富永氏が電話をしているのが見えました。
「……ええ、そうです。ありがとうございました」
そばに寄ると丁度話が終わったようです。携帯を仕舞いながら、富永氏は少し申し訳なさそうな顔をしました。
「帰る前に一か所寄ってもいいか?」
「何か仕事関係のことですか」
「違うぞ」
と、苦笑されてしまいました。
タクシーに乗り移動するときにもう一度聞いてみました。申し訳なさそうな顔をしていたから何かあったのかと思ったと、それに今日は2課の人が数人が出ているはずだったから、そちらから連絡が入ったのかと思ったし。
そう言ったら富永氏は「う~ん」と呻いていた。「ワーカホリックかよ」と呟くように言われたけど、あの表情じゃ誤解したって仕方がないと思うわ。でも、本当に違うようなので安心しましたけどね。
さて、タクシーを降りてお店の看板をぽかんと見上げてしまいました。
「ここって」
「さあ、行こう」
背中に手を当てられてお店の中へ。……いつぞやとデジャブるなと思いながらも、おとなしくされるがままに歩いて行きました。
「いらっしゃいませ」
「すまないがしばらくは二人でゆっくり見たいから」
「承知いたしました」
店員の方が近寄ってきましたけど、富永氏はそばに張り付かれないように断りを入れました。心得たように店員は少し離れたところで待機するようです。
「どれでも好きなものを選んでいいぞ」
「どれでもって……」
私はお店の中を見回しながら、茫然と呟きました。
いや、だってね、ここってジュエリーショップです。それも高級ブランドの。そんなところで何を選べと?
状況が呑み込めない私に、「クッ」と笑い声が聞こえてきました。隣を見ると富永氏がおかしそうに微笑んでいます。
「普通女性なら、目を輝かせるものじゃないのか」
「いやいや、必要に迫られてないのに、買う必要はないでしょう」
そう答えたら口元を押さえて「クックックッ」と笑いだしました。
「誕生日プレゼントとは思わないのか」
「えっ? あっ!」
そういえば私の誕生日は先週でした。
……えっ? 誕生日プレゼント?
ジュエリーが?
それってあり……でしたっけ?