閑話 俺はターゲットにされているらしい
木曜の夜。仕事を終えて本部長室を出たところで、携帯が震えた。取り出して内容を確認して……彼女がこちらを窺っていることに気がついた。だから、仕事ではないと伝えて彼女は帰宅させた。
俺は副社長室に顔を出した。
「来たな、克明」
「これはなんだよ、優輔兄貴」
笑顔のない顔で俺を迎えた兄に、俺も仏頂面で問いかけた。
「まあ、待て。私達も呼び出されたから、詳しいことは御大のところに行ってからだ。だがその前に、聞いてもいいか」
御大の呼び出し……それもどうやら家族全員の呼び出しみたいで、嫌な予感がした。それなのに、それよりも聞きたいということは、あのことだよな。
「大石茉莉さんと、どうなったんだ?」
俺はため息を飲み込んだ。やっと付き合うことに承諾をもらったところなのに、どうもこうもあるか。少しは見守ろうって気はないのかよ。
心の中で悪態をついていたら、重ねて聞いてきた。
「克明、どうなんだ。大石さんと付き合うことになったのか。それとも断られたのか」
「どうしてそんなプライベートなことを答えなきゃならないんだよ!」
憮然と答えた俺に予想外な方向から返答が返ってきた。
「それを知らないと、御大に対処できないからよ」
柔らかい話口調は、会社に居るわけがない母だった。凛香さんと共に部屋に入ってきた。
「克明、成田さんからお聞きしたわ。土曜日に茉莉さんと出掛ける約束をしたのでしょう。私は母としてあなたの気持ちは分かっているつもりよ。でも、できればあなたの口から聞きたいわ。茉莉さんと真剣にお付き合いをするのよね」
「もちろんだよ、母さん。俺は茉莉と幸せになりたいと思っている」
「そう」
ふんわりと花が綻ぶように微笑んだ母。じわりと目に涙が盛り上がったと思ったら、縁を超えて頬へと一筋流れていった。
御大のところへは車2台で向かった。同乗した父と母から説明されたのは、約2週間前の御大のパーティーで、どうやら俺は独身のお嬢様から目をつけられたということだ。ただ幸いにもそこから今日まで俺はパーティーなどに出ることがなく、そういったお嬢様たちと会う機会がなかった。
それが昼間に伺った成田さんのところで、お嬢さんに土曜日のことを知られてしまったのだ。……なんでも、甘やかされ過ぎて他に就職できるわけでもない、自宅で花嫁修業をさせても世間知らずは直らないということで、お茶出し要員として社長秘書をさせていたそうだ。