145 いたわりの時間 ― 壁ドンからの抱擁 -
さて、これで大体の説明は終わったと思います。……終わったよね?
「どうかしたのか?」
私が言い残しがないか考えていたら、富永氏が聞いてきました。
「あ、いえ。説明しなければならない部分は言ったと思います。富永さんは何か聞きたいことはありますか」
富永氏は顎に手を当てて……というかデスクに肘をついて考える人のポーズをして、思案しています。
「そうだな、他はない……か」
視線を私に戻した富永氏。……というか、目があったらビクリとなってしまいました。それを誤魔化すように私は立ち上がりました。
「では、通常の業務に戻りましょうか。グラスを片づけますね」
富永氏の前のグラスを取ろうと手を伸ばしたら、手を掴まれました。というより、私が立つのと同時に富永氏も立ち上がっていて、手を掴まれたと思ったらグイっと引っ張られました。
「何、するんですか!」
引っ張られたついでに壁際まで連れていかれて……いつもの壁ドン状態になっています。
「うん? どうやら茉莉は隠し事が得意みたいだから、確認を。な」
「何の確認なんですか!」
噛みつくように言ったのに、富永氏はじっと私の顔を見つめています。右手が頬にそっと触れ、目の下を撫でるように指を滑らせました。
それから私の後頭部に手を当てると自分の胸にもたれさせるようにしてから……ふんわりと包み込むように抱きしめたのです。
「悪かった」
耳元に低い富永氏の声が聞こえてきました。
「本当に悪かった」
もう一度、声をもっと低くして囁くように言いました。
先ほどのことは……私に与えられた仕事なのだから、当然のことなのだけど……。でも、もし岸本君たちが逆上して掴みかかって来ようとしたりとか、そんなこともあの時に考えたりした。
だから、さりげなく富永氏が岸本君たちとの間に入るように座ってくれたのが、嬉しかった。
言葉で言わない代わりに、額を富永氏の胸に押しつけるように、少し力を入れた。
そうしたら……私を抱きしめる力が、少し強くなった。
それが嬉しくて、もう少し力を入れて額を押しつけた。
そうしたら……なぜか、富永氏は少しよろけたのでした。