143 トラップがいっぱい……
「もちろん男性用に流した『噂』も、トラップです。こちらの意図を気づかせないためというのが大きかったですけどね。えーと、そうですね、便宜上噂がトラップ1とでもしましょうか。トラップ2は彼らの上得意の取引先にお願いして、偽の資料を作ったことになりますね」
「指示書にも書いてあったが、比較対象資料のことだろう。すごくわかりやすいいい資料だと思ったけど、どこが悪かったんだ」
気持ちを立て直した富永氏が聞いてきました。そうなんだよね。あの資料は本当に見やすかったもの。
「あれは比較するものが間違っているものだったのですよ」
種明かしをするように口元に笑みを浮かべて言ったら、富永氏は驚いた顔をした。
「あっ? だけど、元の資料もおかしいものではなかったはずだったよな」
「そこから改ざんしてあるそうです。本来なら彼らにとっては見慣れた数字のはずですし、それまでの契約書を確認すれば正しい数字を知ることが出来たのです。私が見せたデータ上の資料だけを見て、良い資料だと言われたのでは困りますよ」
「いや、普通は自分のところの事務が、偽物を用意するとは思わないだろう。だけど、これで取引先が応じていたらどうするつもりだったんだ」
もっともなご意見ですね。でもそこに抜かりはないわけですよ。準備に一年近くかけられたのです。取引先にも能力テストと称して協力をお願いしたわけですし。皆さんノリノリで引き受けてくれたそうです。ある会社はこういう能力テストも面白いと言って自分のところでもやってみようかと言っていたと聞いています。
そう説明したら「う~ん」と富永氏は呻って考えこみだしました。
「一応取引先には彼らが持ってきた資料を褒めてもらって、でもそれで契約になるような話はしないようにお願いはしておきました。『あと少しどうにかならないか』みたいな言葉を言ってもらうようにしたそうですし。それ以外の通常の商品の注文はしてもらっていたので、彼らもそれほどおかしいとは感じなかったと思いますよ」
と、取引先を巻き込んだ部分を話して、私はまたため息を吐き出しそうになった。それを誤魔化すように、またグラスを持ち一口飲む。富永氏もつられたようにグラスを持ってお茶を飲んだ。富永氏がグラスを置くのを待ってから、私は再び口を開いた。
「それでですね、二つの噂を流したのにはもう一つ意図がありまして……」