138 告発……のつもりではなかったらしい
富永氏はため息を吐き出して、また眉間を揉んでいる。
「このことは本当にわからなかったのです。普通の人事異動だと思われていましたから」
「普通ということは、ちゃんとした理由があったということか」
「はい。事務の女性が一人辞められたところに、お二人が休職することになって、応援で来た女性を気に入って引き抜いたという態を装っていました」
「装っていたって……」
私の言い回しが引っかかったのか、複雑な心境そのままの表情を浮かべている富永氏。
「本当は応援を頼んだ時に、その女性を指名していたそうなのです。それを隠して応援からの引き抜きまで持っていきました」
「休職した二人というのは?」
「一人は病気が発覚しまして、長期休養を余儀なくされました。もうお一方は妊娠、出産での休職です。今は復帰しましたが、課は移動しています」
富永氏は「そうか」と頷いた。
「えーと、それで、元社員の女性とのやり取りに決着がついたのが2年前です。手紙では埒が明かないと、友人の女性と人事課長が会いに行ってきました」
「会いに行ったってー」
驚きの声をあげる富永氏。でもね、よーく考えてほしいのよ。一回の手紙のやり取りに最低でも二月かかるのよ。そしてある程度の事情を聞くまでに2年かかったの。そうしたら詳しい話を聞くために会いに行った方が早いになるわよね。
「そうです。ある程度の事情を手紙で聞くまでに2年かかってしまいましたので、もういっそ直接会いに行った方が早いということになりましたから。友人の女性には申し訳なかったのですけど、新婚旅行先の一つとして付き合ってもらったそうです」
「新婚旅行……それは必要経費として、会社持ちか」
「そうですよ。といってもその国に行くまでと滞在中の費用は、です。本来の新婚旅行先での費用は、本人持ちでしたけどね」
そう言っても、次のボーナスで少し上乗せがあったとは聞いていますがね。
「本人に会って言われたことは『告発をするつもりではなかったのですけど』だったそうです。人事課長が訪ねてくるとは思わなかったようですから、その言葉が出ても仕方がないとは思いました。それで、奥志田さんは母方の祖父が、常務まで務めた方だったそうでした」
「ということは、荒木さんの孫だったのか」
やはり知っていましたか。さすが経営者一族ということですね。荒木さんという方はうちの会社の創業時からいて、初代社長と苦楽を共にした方だと伺っています。