16 それはどうでもいいから
「そっちは当たり前のことだと思いますからいいですけど、毎回の壁ドンや顎クイみたいなのは、これから止めてくださるのでしたら」
そう答えたら、富永氏は軽く目を瞠った。
「試されていたことについてはいいのか」
「それは当たり前のことだと思いますから」
もう一度同じ言葉を繰り返す。部下の能力をはかるのも、上司の仕事だと思うもの。ちゃんとした評価をしてくれるのなら、試されたことくらいどうってことはない。だから。
「私は合格なんですよね」
「ああ。合格なんてものじゃない。期待以上だ」
富永氏は破顔しながら「流石親父たちが認めた奴なだけはある」と言葉を続けた。私は秘書室長だけでなく、会社の上部の人たちに認められていると知って、嬉しさに頬に熱が集まってくるのを感じた。
「だからな、ちょっと込み入ったことを聞いていいか」
続けて言われた言葉に、私は少し反応が送れた。
「はえっ? なんですか」
なぜかまた富永氏は口元を押さえて「クックッ」と笑いだした。
「その『はえっ』って、可愛すぎ」
笑いを含んだ声で富永氏は、そんなことを言ってきた。あれ? 私、『はえっ』なんて言っていた?
「普段クールで素がそれって……と、これは、今はいいか。あー、そのな、さっきのバーでのことだけど」
バーでのことと言われて、ぎくりと体が強張った。もう、推測は出来ているけど、バーでのあの人たちの会話を、富永氏も聞いていたのだろう。それもあって、無茶飲みに近い飲み方をしていた私を心配してくれたのね。
「気分の悪い話をしていたあいつらは、うちの奴らだろう。部署は違うが、会社内で見かけたことがある」
私は軽く目を瞠った。彼が本社に来て2週間。でも最初の1週間は本部長就任ということで、特別なお得意様に挨拶回りをしていた。そして、課長として本社の人間と接するのは、今週だけだったはず。配属された課の課員を覚えるだけでも、手一杯だった私なのに、富永氏は見かけただけの人を覚えているって、どんな記憶力なのだろうか。