126 観察対象たち
私の言葉にぽかんとした顔をする男性陣。女性のほうも驚いた顔をしている。……まあ、そうでしょうね。女性たちはセクハラのことを話すと思っていたのでしょうから。
「ちょっ、ちょっと、待ってよ、大石さん。えっ? 何? この中に不正を行った人物がいるの?」
上矢君が立ち上がって聞いてきた。それに頷くと、彼は部屋の中を見回した。他の人たちも同じように見回していた。
「えーと、大石さん、不正ってどんなことをしたの? ……まさか横領?」
高杉君が思いついたことを口にした。……ようにしながら、ありえないことを言っている。そんなことがあれば、とっくに上層部が動いているだろう。それがわかっていながらあえて言った模様。
冷静に判断を下しながら、他の人の発言も待つ。案の定、次は岸本君が口を開いた。
「不正ねえ。富永さん、もちろん知っていたんですよね。そのためにわざわざ本部長でありながら、2課の課長なんかになったんですよねぇ」
睨みつけながら言う岸本君。富永氏のことを横目で見ると、渋面を作って腕を組んでいる。でも、何も言わずに岸本君のことを見ていた。
「残念ながらそれは違います。富永さんは何も知らされていません。このことは私に直々に下った案件です」
2課の面々は呆けた顔をした。永井君が困惑した顔で言った。
「えっ、と、本当に、課長は知らされていなかった……と?」
「当り前じゃないですか。日本に帰ってきたばかりの人に引っ掻き回されるのは困りますもの。知られないように、見てはいましたがね」
暗に富永氏のことも観察していたと告げたら、驚愕の表情を浮かべる面々。富永氏も眉間のしわが取れて、驚きに目を見開いている。
「それじゃあ大石さんは、最初から彼女たちのことを疑って調べに来たのかい」
岸本君がさも当然というように、向かいに座る女性たちのことを見ながら言った。
「どうしてそう思われるのですか?」
岸本君たち男性たちは顔を見合わせた。
「噂で聞いたんだ」
「どんな噂でしたか」
「女性社員の実態調査が行われると。総務課で仕事を他の人に押しつけて仕事をしない女性が辞めさせられたと聞いたし、2課にもそのうち来るんじゃないかと思っていたんだ。それがまさか大石さんだとは思わなかったけど」
……噂は正しく届いていたようなので、私はにっこりと笑った。
「うちの上層部が女性だけを調べるだけに私を送りこむわけないでしょう。私の観察対象は、富永さんを含め2課の全員です」