閑話 回復したら……
ゆっくりと瞬きを三回してから、彼女は口を開いた。
「すみません。また……ご迷惑をおかけした」
「迷惑なんかじゃない。それよりも大丈夫か。気持ち悪いとか、どこか痛いところとかあるか」
彼女の言葉を遮るように言ったら、彼女はゆっくりと腕を持ちあげて、額へと手を当てた。
「大丈夫です。立ち眩みを起こしただけですから」
先ほどよりはしっかりとした声でいう彼女。どうやら立ち眩み……というよりも貧血を起こしたのだろう。原因がわかってほっとしたが、本当にそれだけかとも、思ってしまう。
「もう少し休んでから病院に行こう」
「大袈裟です。病院に行く、必要はないですよ」
「だがな」
「それより」
言いかけた言葉を強い声で遮られた。額に当てていた手を離した彼女が、俺のことを見つめてきた。
「お水が飲みたいです。……持ってきていただけませんか?」
少し甘えるようにいう彼女に、「すぐ持ってくる」と言って立ち上がったのは、……まあ、その、あれだ。甘えられて嬉しいとかじゃないぞ。
持ってきた水を、体を起こした彼女を支えながら飲ませた。一息ついた彼女は、部屋を見まわして自分の格好を見てから俺のことを見つめてきた。
「どうしてここに」
「一人にしておけないだろう」
俺の言葉を少し考えるようにしていた彼女は、何かに気がついたかのように俺のことを不安そうに見てきた。……失礼だな。体調が悪い奴を襲うような節操無しじゃないぞ。
「これ以上の迷惑をかけるわけにはいきません」
と、ベッドから降りようとする彼女を、肩を押さえて止めた。
「迷惑じゃないと言っただろう!」
まだそんなことをいうのかと、苛立ちと共にベッドへと押し倒す。いっそ動けないようにしてやろうかと、悪い考えが浮かんできた。睨むように彼女のことを見下ろして……彼女の眼に涙が浮かんできたことに気がついた。
「だって……明日も仕事があるのに……富永さんが眠れないじゃないですか」
……絶句した。彼女は俺に襲われる可能性を考えたのではなくて、俺が彼女の看病をして眠れなくなることを気にしていたとは。
真面目な彼女らしいと思いながら、そっと親指の腹で彼女の涙を払った。
「もう、いいから、余計なことを考えずに眠れ。元気になったらちゃんとお礼をもらうから」
そう言ったら、彼女の顔が引きつった。
「一晩じっくり付き合ってもらうからな」
「一晩! 初心者にはハードルが高すぎます!」
……予想はしていたけど、彼女は一度も経験はないようだ。口元に笑みが浮かんでくるのを押さえられない。
「それならじっくりと、手取り足取り腰取りで教えてやるよ」
その言葉に彼女は遠い目をしたのだった。