閑話 こんなことになるなんて……
洗面所の扉はもちろん閉まっていた。
「茉莉……開けてもいいか」
洗面所の外からでは浴室に声が届かない場合がある。シャワーを使っていたら、声をかけても聞こえないだろう。すりガラスに動く影がないのを確認して、俺は扉を開けた。
もちろん、そこに彼女はいなかった。浴室の様子を伺うが、動いている人影は見えない。もしかして湯船につかっているのだろうか?
「茉莉、大丈夫か」
しばらく待ったが返事がない。嫌な予感が大きくなる。
「茉莉、開けるぞ」
声をかけて、扉を開けた。目に入ってきたのは……倒れている彼女の姿。体は泡だらけだ。慌てて抱え起こした。倒れていた位置から、どこかに頭をぶつけたのかと思ったが、見えるところに外傷はなさそうで、ほっと息を吐きだした。
「茉莉」
声をかけてもピクリとも動かないから、そのまま抱きあげて連れて行こうとして、ハッとなった。彼女は体を洗っていたのか泡だらけだ。このままベッドに運ぶと、ベッドも泡だらけになる。……さすがにボディーソープの泡がついた状態で運ばない方がいいだろう。
シャワーを取り、泡を洗い流す。……隠すものが何もなくなった彼女の体を綺麗だと思った。
目の毒過ぎる彼女を、再度抱きあげようとして、また動きが止まってしまった。今度は自分の体へと視線を向けた。彼女を抱きかかえてシャワーを浴びたから、俺の服もびしょぬれになった。このまま浴室を出たら……。考えるまでもない事態になることは、明白だ。
少し迷ったが彼女をそっと床に寝かせると、俺は濡れた服を勢いよく脱ぎ捨てた。バスローブを羽織ると、彼女をタオルで拭いてから、同じようにバスローブを着せた。
自室のベッドに寝かせて、彼女の様子をうかがった。顔色は白いが呼吸は安定しているように思う。泡だらけだったから、滑って転んで頭を打ったのかと思い、頭を触ってみたがこぶなどは見当たらなかった。
ほっと息を吐き出して、だけどすぐに最悪の事態が頭をもたげてきて顔から血の気が引いた。
もし、脳疾患だったら? 外からじゃわからない。これは救急車を要請した方がいいかもしれないと、携帯を取りに行こうとした。
「ん……」
微かな声が聞こえて、慌てて彼女のそばへと戻る。うっすらと目を開けた彼女は、すぐには目の焦点が合わないようで、ぼんやりと俺のことを見上げていた。