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閑話 焦(あせ)らされて、焦(じ)らされて……

 彼女が風呂に入るとリビングに顔を出して言った。さっきより顔色が白い気がしたけど、暑いこの季節だ。風呂に入れないのはきついものがあるだろう。先週だって熱を出した後だというのに、シャワーを浴びたがったし。そう思って、何も言わないで見送った。


 それにしても、今日は本当に(あせ)った。こんなにも()らされるとは思わなかった。

 すっぱりと「付き合いたい」と言ってくれればいいのにと、話を聞き終わって思ってしまった俺は、悪くないよな。

 本当にそこにたどり着くまでが長くて、『もしかしたら遠回しに断っているのか?』と何度思ったことか。宮君だの年下のいとこだのと、俺の嫉妬心を煽りたいのかと思ってしまったぞ。


 それに彼女のことを、誤解していたようだ。彼女はさっぱりとした動じない性格なのだと思っていた。……いや、そういう部分も確かにあった。『腐』という言葉ではじまる、そっちの世界に理解があるようだし、俺が向こうでそういう誘いを何度かされたことにも気がついたようだったし。


 でも、人の機微に敏感で繊細な面があることを、誰にも見せてこなかったのだろう。いや。亡くなった家族の前では見せていたのかもしれないな。……今となっては知りようがないことだけど。


 ここで俺は頭を振って思考を切り替えた。考えるのなら、今までのことではなくてこれからのことだ。


「前向きに」と彼女は言った。二人で歩む未来を考えてくれるということだ。亡くなった家族の代わりにはなれないけど、これから新しい家族、パートナーとして俺はずっとそばにいることにしよう。


 いい前例がそばにある。彼女が望むのなら仕事は辞めなくていい。我が社の社長夫妻のように役員と秘書として一緒にいられるように働きかけよう。子供は……母に任せればいいだろう。父ももうすぐリタイアする。ジジババとして、孫の養育を喜んで引き受けてくれると思う。


 そうすれば……彼女と離れている時間が少なければ、置いて逝かれるということに怯えないですむだろう。


 こんなことは滑稽な考えだってわかっている。今の世の中、いつ何時災害に会うのかわからないのだから。突然道路が陥没したり、工事現場の資材が落ちてくるなんてことも、ないとはいえないことだ。


 それでも、彼女が少しでも愁うことが無いようにと……。


 ふと、俯いて考えこんでいた俺は、何かの音を聞いた気がして顔をあげた。

 胸騒ぎがして座っていたソファーから立ち上がったのだった。


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