113 実家に……帰らなかった理由
もう一度苦笑いを浮かべると、私は言葉を続けた。
「それにですね、祖父母が私に戻って来いと言ったことには、大いなる誤解があるのです」
「誤解?」
「はい。多分祖父母は、私が実家に泊まったことで、私の心の傷が癒えたのだとおもったと思うのですよ」
私の言葉がわからないと、富永氏の表情が物語っていた。なので、もう少し詳しく説明をする。
「私は……家族の事故後に、地元に帰っても実家に泊まったことが無かったんですね。えーと、実家に泊まらなかったのは、……その、思い出が辛いとかではなくて、実家に居場所がないと思っていたからなのです」
「……なんで」
しばらく富永氏は私の言葉を吟味するように考えた後、聞いてきた。私は頬をポリポリと掻くようにしながら、視線を逸らすようにしてから言った。
「実家は……両親が建てた家ではなくて、中古の家を買ったそうでした。えーと、確か購入時には築十年くらいだったと言っていました。なので、私が大学生の時に大幅なリフォームをしたのですよ。だから、……その、……実家といってもなじみがあんまりなくて。リフォーム後に家に帰ったのは3回だけでしたし、数日しかいなかったのですよ。私の物で必要な物はほとんどリフォーム前にこっちに持ってきていたので、実家に帰る必要は感じなくて。……なので、あの家は居心地が悪いというか……」
ため息を吐き出してから、少し小さな声で言い訳のように付け加えた。
「去年、家族の法事をしたのですが、準備とか色々を父方の伯父たちに丸投げだったし、その時も実家に泊まらなかったから、祖父母は向こうに戻ることが苦痛に感じていると誤解していたようです。まあ、それを正さずに誤解させたままにしたのは、悪かったと思っていますけど……。でも、家族がいないあの家は、……私にとってなじめない、ものなんです」
視線を落として俯きかけた私の頭に何かが触った。……いや、何かではなくて富永氏の手。優しく撫でるその手が、『わかっている』と言っているようで、私は肩の力を抜きながら、息を吐きだしたのでした。