105 本題の前に
富永氏のことを、現金だなと少しだけ思ってしまった。いや、お手軽なのか?
まあ、それを意図して懐柔するようなことをしたのは私だけどね。でも、私のエプロン姿とテーブルに並んだ料理に、富永氏は喜んでいた。料理を一口食べては「おいしい」「手間がかかったんじゃ?」「うまい」と言ってくれる。作った側としては、反応があるのは嬉しいことよね。
上機嫌の富永氏は、片づけを自分がすると言ってくれました。でも断りましたよ。逆にお風呂に入れとリビングから追い出しました。……追い出したは言い過ぎか。
お風呂から出てきた富永氏に冷たいお茶を出して、向かい合わせに座りました。
「話は明日でもいいんだぞ」
「それなら帰ります」
座って向かい合ったとたんに言われたので、反射で立ち上がりながら返事をしました。「まてまて」と手を掴まれたので、おとなしく座り直します。
「一応確認だけど、その隈は体調不良によるものじゃないんだな」
「もちろんです。ただの睡眠不足なだけです」
そう答えたら富永氏は微妙な表情を浮かべた。心配と嬉しさと困惑……かしら。
いやいや。そんなことを考えていると話は進まない。明日も仕事なんだし、なるべくさっくり話を終わらせることにしましょう。
「それでですね、少し長い話になりますけどいいですか?」
「……それって(返事だけじゃないのかよ)」
……富永氏。表情に心の声が駄々洩れです。
「聞きたくないのであれば、ご縁がなかったということにしていいでしょうか」
「ちょっと待て! なんでそうなるんだ!」
あれ? 前回のことでわかっていると思ったのに。私はちゃんとしないと次に進めない性格だと。
「茉莉、心の中での呟きを声に出して言っているぞ」
「もちろん、わざとです」
そう。わざと視線をそらして口に手を当てて、心の声風にしたけど、今のは聞かせるつもりで言っています。視線を富永氏に戻して、じっと見つめました。
「めんどくさい女だと思って、止めておきますか?」
「そんなことを思うわけないだろう。わかった。なるべく口を挟まないようにするから、言いたいことを言ってくれ」
富永氏は表情を引き締めると、そう言ったのでした。