12 ……あっ! 猫をどっかに置いてきた~
富永氏はウエットティッシュをもってきて、横に座りこんだ。
「動くのがめんどくさいなら、化粧を落としてやろうか」
「えーと、どれが何かわかるんですか?」
化粧ポーチの中身をゆっくりと並べる私にそんなことをいう富永氏。
「一応な。先に言っとくが俺には化粧をする趣味はないぞ」
「それじゃあ、前の彼女に顎で使われたとか?」
思いついたことを言ったら、富永氏の口元が不自然に緩んだ。
「俺がそんなことを許すようなやつに見えるか」
「見えません。失言でした」
前言をすぐに撤回した私のことを、富永氏はマジマジと見つめてきた。
「なんか、仕事の時と違うな」
「それはそちらもでしょう」
また、何故かマジマジと見つめられた。
「お前って、これが素か?」
「そういう富永氏も、くだけきってますよね」
ハア~とため息を吐いた富永氏は、頭をガシガシと掻いた。オールバック気味に撫でつけていたのが乱れて、意外と長い前髪が目にかかった。
「こんなやつだってわかってたら、気なんか使わなかったのに」
「……本音がだだ洩れですね」
前髪越しに見つめられて、その眼差しにドキンと心臓が音をたてた。
「お前もな。それよりも俺はシャワーを浴びてくるから、出てくるまでに着替えてろ」
「私もシャワー浴びたい」
水を頭からかぶったら、もう少しすっきりする気がする。なのに。
「やめとけ」
「え~」
「倒れるだろ、絶対に!」
「ブー」
むくれてブーたれたら、富永氏は呆れた視線を寄越したのよ。
「お前な、もう少し取り繕う気がないのか?」
「はっ、今更ですか」
「いや……一応俺は上司で、一緒に仕事をするようになってまだ10日なんだけど」
……あっ! そういえばそうだった。いかん。いつの間にか素が出まくりだ。
他所行きの猫は……何処にいってしまったのだろうか?