閑話 うまくいかない、火曜日
昨日の月曜は誤字の指摘をいくつかした。これをいつもは彼女が先に指摘してくれていたのだろう。俺が書類を確認するときには、誤字を見たことはなかったのだから。
小暮は俺付きとはいえ、名目上は2課の課員だ。立場としては一営業マンになる。なので、2課では彼女の代わりを頼むわけにはいかないと、課長として回ってきた書類のチェックを一人でしたのだ。
岸本が言った彼女の有難みを、もう実感しながら月曜の業務を終えた。と言っても、午後からは本部長としての仕事があったから、2課の残りの仕事は岸本に丸投げになったけど。
もともと俺が現場を見たいと言い出さなければ、岸本が課長になっていた。今の岸本は課長代理という役職になる。まあ、あとひと月ちょいで俺がここを去れば、岸本が課長に就任することが内定しているのだがな。
火曜の朝は、2課に行くとすぐに彼女の前の席の女性が俺に言ってきた。
「大石さんがいないのでは、課長の仕事が困りませんか。私が事務をやりましょうか」
「そこは大丈夫だ。それよりも、営業のサポートをよろしく頼むよ」
笑顔で返したら、女性は頬を赤らめていた。……彼女ほどではないけど、この女性も優秀だ。営業から頼まれた書類は、見やすく誤字もほとんどない。……俺に媚を売ろうとしないでくれれば、いいんだけどな。
と、思った俺は馬鹿だった。この女性が作成した書類で、一番してはいけない間違いがあった。相手の会社名を間違えて打ち込んでいたのだ。それを指摘したら「えっ? 間違い?」と、訝しそうにしていた。どうやら今までもこの漢字で書類を作成していたようだ。それに気がついた女性は、青い顔をして前に作成した書類を確認していた。
俺もその会社の書類を確認したが、他には間違いはなかった。どうやら今回だけ誤変換をしたのだろう。女性もほっと胸をなでおろしていた。
「申し訳ありませんでした、課長」
「間違いは誰にでもあるからな。以後、気を付けるように」
このやり取りを、岸本が皮肉気に見ていたのが、少し気になったのだった。