外話 母はおもい返す……
克明が予告もなしに茉莉さんを連れてきた時には、とても驚いたわ。今まで女性を家に連れてきたことはなかったもの。名前を聞いて、主人がとても褒めていた部下の方だと知って、もっと驚いたのは内緒ね。
あの日、夫は私に先入観を与えないために、克明が誰かを連れて家にくるかもしれないとは言わなかった。……もしかしたら、夫にとっても賭けみたいなものだったのかもしれない。克明が茉莉さんのことをどうするのか、それ次第で夫だけでなく兄たちも対応を考えなくてはならなかったのよね。
だから夫たちの思惑に気づかずに乗った克明に、ほくそ笑んでいたわ。
私は……会社とは関係のない立場だから、そのことについては納得がいかなかった。
克明は茉莉さんと交際することが、会社の利益に繋がるとは気がついていない。……いいえ。故意に黙っているのだから、気づきようがないのでしょう。
茉莉さんも自分がどういう立場にいるのかを、わかっていないみたいだった。本当に普通のお嬢さんだったもの。
でも、克明と茉莉さんの様子から、二人がお付き合いをして、その先も共に過ごすことを選んでくれたらと願ってしまったのよね。
「こんなことなら谷田さんの言葉をよく聞いておくのだったわ」
私の物思いは凛香義姉さんの言葉で遮られた。どういうことなのかしら。
「そうですね。谷田総務課長は、大石さんの秘書課への異動を反対していました。あの時はその理由は言葉を濁されてしまったので、追及もしませんでしたし、そのことを深く考えませんでした」
夫も凛香義姉さんの言葉に頷きながら、言葉を返している。……ということは、茉莉さんの異動の時に、何かしらのやり取りがあったのね。
「本当にごめんなさい、あなた。茉莉さんがご家族を亡くされたことは聞いていたのだけど、どういう状況だったのかまでは、聞いていなかったし思い至らなかったわ。もう少し谷田さんの言葉をよく聞いていればよかったと、反省しています。言い訳ではないけど、あの時は辛いことがあったのなら、部署が変わって忙しくなれば、そのことを早く忘れられるかと思ったのよ」
凛香義姉さんは目に見えて肩を落として、うなだれてしまったのでした。