閑話 待つだけしか……できない
昼食を彼女と二人で作り、食べて片づけた。……我ながら馬鹿なことをしているとは思った。少しでも新婚気分を味わいたいと、彼女のそばに張り付いているなんてな。
片づけが終わると、途端に彼女は居心地が悪そうに、落ち着かなくなった。本当は夜まで引き止めたかったけど、それも悪足掻きでしかないのはわかっているから、彼女をアパートまで送って行った。
車を降りる時に彼女は一瞬、何とも言えない表情をした。でも「いろいろお世話をおかけしました。……えーと、また」と言って降りた。
ドアが閉まると俺は車をすぐに発進させた。そうしないと、彼女はいつまでもそこから動こうとしないのだから。
少し離れたところで車を止めて、携帯を取り出した。電話を掛けようとして、少しだけ迷った。
『はい、珍しいな、克明。どうしたんだ』
「兄貴、もしかしてだけど、親父たちが集まってないか?」
『なんだ、そういうことか。ああ、皆、実家にいるぞ』
「わかった。これから行くと伝えておいてくれ」
『あっ、おい、お』
兄が何か言いかけたのを、聞かずに電話を切った。ついでに電源も落としておく。
車を走らせながら、彼女のことを考えていた。
先ほどの彼女の不安そうな顔。本当は引き留めて抱きしめ、「俺がいるから」と、言いたかった。
でも、それをしたら逆効果なのはわかっていた。だから、何も言わずに見送ることしかできなかった……。
彼女が頑ななまでに、恋愛から逃げていた理由がようやく分かった。楽しい旅行の数時間後に、家族の訃報を伝えられたのだ。大切な人を失いたくないから、大切な人を作らないと思うようになっても、仕方がなかったのだろう。
それでも……うぬぼれでなければ、俺と会ったことで彼女の中で変化が起こった。俺と居たいと思うようになってくれた。
あとは……彼女が気づくだけだ。
そう……今は待つしかない。
だけど、親父たちに文句を言ったっていいよな。そう思って、兄に居場所を聞いたのだった。