88 これって、慰め? 慰めじゃないの?
富永氏は私を抱えてソファーへと移動した。ソファーに座ると膝の上に横向きで私を座らせて、富永氏にもたれかからせるようにしてから抱きしめてきた。
富永氏に触れているから、左耳に彼の心臓の音が聞こえてくる。規則正しく聞こえる鼓動に、気持ちは落ち着いてきた。
顔をあげて富永氏を見たら目が合い、彼に微笑まれた。
改めて今の状況を思い出して、富永氏から離れようと立ち上がろうとした。けど、富永氏は腕に力を入れて離してくれなかった。
「離してくれませんか、富永さん」
「もう少しこのままで……な」
「慰めないでくださいと言いましたよね」
「俺は慰めてないぞ」
「……それじゃあ、この手はなんですか?」
「どの手だ?」
しれっと言う富永氏の右手は私を抱きしめるように背中からお腹に回り、左手はなぜか頭に置かれて、撫でられている。
「この頭を撫でている手のことです」
「ああ。気にするな」
「気になるから言っているのですけど」
ムッとした顔で言ったら、富永氏はポンポンと軽くたたいてから、頭から手を離した。
「約束通り、慰めてはいないんだから、それでいいにしろよ。それより、離れて考えたいということは、仕事も休むんだよな」
「……えーと、はい。出来れば……」
富永氏は少し考えてから訊いてきた。
「どれぐらいだ?」
「えーと、明日から来週の火曜まで」
「長いな。今週だけじゃ駄目なのか」
「……もともと今週の金曜と来週の月曜、火曜に休みの申請を出していたので」
「それなら、休みの振り替えを出来ないか」
「出来ません。用があるから休みの申請をしましたので」
富永氏は顔をしかめて黙り込んでしまった。しばらくしたらまた頭を撫でられた。……違うか。今度は髪を梳くように指を絡ませてきた。
「富永さん……」
富永氏のことを窺うように見たら、髪を梳く手が止まり、後頭部を固定するように掴まれた。
「あ、あの……」
少し瞼を落とし甘い眼差しで顔を近づけてくる富永氏の胸を手で押さえたけど、非力な私の力じゃ止められるわけがない。キスをされると思って、ぎゅっと目を瞑った。
チュッ
額に唇が触れたことに驚いて目を開けたら、微笑んでいる富永氏と目があったのでした。