86 悲しい思い出
私は息を吐くと、一度目を閉じた。妹の笑顔や、弟のぶっちょう面、穏やかに笑う両親の姿が浮かんできた。
目を開けて目の前に座る富永氏のことを見てから、視線をテーブルへと落とした。
「夏休み前に、妹が家族で旅行に行きたいと言い出したの。弟は大学ではバスケをやらなかったから、夏休みに家のほうに戻れると言ったそうでした。妹のお願いに、私も父と休みを合わせるようにして、家族旅行をすることになりました」
胸が締め付けられるように苦しくなってくる。両手を組むように膝の上で握って、こらえる。
「妹はずっと笑顔で、とても旅行を楽しんでいました。私が家族と別れたのは旅先の駅のところでした。実家に行ってからこちらに戻るよりも、近かったからです。お昼を食べてから駅まで送ってくれて……。妹は寂しそうにしていましたけど、年末に会うことを約束して、笑顔で別れました」
声が震えてきている。これ以上話したくない。思い出したくない……。
でも、何度か浅い呼吸を繰り返してから、私はまた口を開いた。
「部屋に戻りテレビをつけて洗濯などをしたのです。その日は水曜日で、午後のワイドショーが終わる直前に、事故のニュースが流れました。大きな事故のニュースだったけど、私は大変だなくらいにしか思っていなかった。……夕方のニュースで事故の詳細を報道されているときに、……電話が来たの。叔父からで……家族が事故に巻き込まれたことを伝えられたのと、……テレビから、家族の、名前が聞こえてきたのが……同時でした。そこからの記憶は……途切れ途切れ、です。どうやって実家に戻ったのかも……病院で、家族と対面した……ことも、……葬儀のことも。祖父と叔父が……手配をしてくれたのだと思います」
意識がはっきりしたのは、火葬場でだった。家族の棺が扉の中に消えた時に、私は泣き喚いて、祖父母や叔父、いとこたちを困らせた。そのあとはまた記憶は途切れていて、……気が付いた時には葬儀は終わって祖父母の家に戻っていた。
家族との記憶が残る家に、一人でいさせるわけにはいかないと、みんなの好意だった。
そして、十日後には私は祖父の家を後にして、こちらに戻ってきた。後のことは祖父と叔父が手続きをしてくれると言ったので、その言葉に甘えたのだった。