85 大事な話をします
富永氏が椅子をおこして座り直したところで、私は口を開きました。
「えーと多分、話をする過程で、私が泣くことがあると思いますけど、話が終わるまで、富永さんはそこから動かないでください」
富永氏は不服そうに私のことを見てきました。
「茉莉が泣いているのに、慰めることをするなと」
「はい。しないでください」
きっぱりと言ったら、富永氏に睨みつけられました。しばらく睨み合いが続いたけど、根負けしたように富永氏はため息を吐き出してから言いました。
「今でも泣きそうなのに、慰めるなと?」
「はい」
富永氏は私の顔をじっと見て、もう一度ため息を吐いた。それから腕組みをして、私のことを見つめ直してきた。何も言わずに見つめてくるので、話せということだと思い、私は口を開いた。
「私は……富永さんのことが……たぶん、好きです」
この言葉に富永氏は口元をぎゅっと引き結びました。腕にも力が入ったみたいだから、何か言いたいのを堪えたのでしょう。
「私は……富永氏も気が付いていたと思いますけど、いままで恋愛事を避けていました。……理由は、『大切な人』を作りたくなかったからです」
「大切な人?」
少し不思議そうな顔で富永氏は呟くように聞いてきました。
「はい、そうです。……私には、4歳下の弟と12歳下の妹がいました」
「いた……って?」
富永氏は言葉の意味を理解したのか、驚きに目を開きました。腕組みを解くと、テーブルに腕を乗せて若干前かがみになって、私のことを見つめてきました。
「私の弟は小学生の頃から高校まで、バスケットをやっていました。なので、週末や夏休みなどは弟のバスケ中心で動いていたのです。だから家族旅行は私が小学生の時以降は、行ったことが無かったのです。親の実家はどちらも車で20分以内のところにありましたから、夏休みや年末に帰省をするようなこともなかったです」
私は言葉を切ると一度深呼吸をした。あのことを思い出そうとしただけで、泣きたい気分になる。振り払うように軽く頭を振って、私は続きを話した。
「そういうことなので、妹は家族で旅行に行ったことはありませんでした。それに妹が小学校に上がる年に私も大学に入ったので、家を出ることになりましたから、妹には寂しい思いをさせたみたいでした。私が大学を卒業し、就職をこちらに決めて家に戻らなかったことと、弟も大学に受かり家を出たことは、相当堪えたようでしたね」