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「ここ……確か、土の状態がいい土地じゃなかったかしら」
「……人間はそれを求めている?」
「かもしれない。はっきりとは言えないけれど……」
シュクルの示した地はティアリーゼのいたタルツが統治している地ではない。レセントには複数の国があり、王もまた同じ数だけ存在している。
隣り合う国であればまだしも、そこは名前しか知らぬ土地だった。
為政者としての教育を受けていないティアリーゼには、どこかで聞いた話や独学で得た知識からしか答えを導くことができない。
「なぜ、人間は他者のものを奪いたがるのだろう」
ぽつ、とシュクルが呟く。これもまた、彼の疑問なのだとわかった。
だが、ティアリーゼには答えられない。
「それが人間という生き物です、王」
「悲しいものだな」
「はい」
トトとシュクルの会話は淡々としている。
『そういうものだから』と彼らは簡単に受け入れてしまえるのだ。
ティアリーゼが亜人の行為を『そういう存在だから』と受け止めていたように。
だからティアリーゼは困ってしまった。
異質な生き物だと思い合っている相手に対し、シュクルが平然と聞いてきたせいで。
「……私に聞いていい質問だったの?」
「うん?」
「だってそうでしょう。あなたの仲間の住む場所を奪っているのは、私たち人間だわ。忘れてるのかもしれないけれど、私、人間なのよ」
「お前はお前で、それ以外の何物でもないと思う」
ティアリーゼがなにを言っているのかわからない、とその目が語っていた。
青い瞳のあまりにも純粋な色に、問うたティアリーゼの方が動揺する。
「お前は巣を壊さない」
「だけど……あなたを殺すつもりでここに来た人間よ」
「もう殺さない」
する、とシュクルの尻尾がティアリーゼ伸びる。そして、手に触れた。
甘えるように、慰めるように。
「お前の手は私に触れるためのものだろう。私を殺すためのものではない」
「……勝手に決められても困るわ」
トトはティアリーゼがどうするか反応を窺っているように見えた。
シュクルのように好意的な空気は感じない。だが、ティアリーゼをどう扱うべきなのか見極めようとしている。
その視線を感じながら、ティアリーゼはシュクルを見上げた。
(魔王って、もっと禍々しいんだと思ってた。でもこの人は違う)
ティアリーゼは触れるためのものだと言われた手を、シュクルの尾に滑らせる。
相変わらず不思議な触り心地だった。
そして、それを不快に思わない自分がいる。
「人間よりあなたの方がよっぽどきれいね」
「……どう反応すればいい?」
「喜んでいいと思うわ。褒めてるの」
「なるほど」
ティアリーゼは同じ人間に騙され、供物として差し出された。
その真意も、なぜ自分だったのかもまだわからないが、少なくとも彼らの思いは今のシュクルよりも美しくない。
「トトさん、あなたの王様はとても素敵な人ね」
「……人間に言われるまでもない」
「ティアリーゼ」
そっぽを向いたトトの代わりにシュクルが甘い響きで名前を囁く。
いつの間にかティアリーゼの手に尾が巻き付いていた。
逃がさない、とでも言いたげに。
「私の子を産んでほし」
「ごめんなさい」
「…………」
「いい人なのはわかるんだけど、あなたのそういう突拍子もない考え方にはまだついていけないわ」
「まだ」
「……今後もついていけないと思うわ」
ふ、とトトの笑う声が聞こえてティアリーゼは目を丸くする。
張り詰めていた空気がぐっと和らぎ、知らず緊張していた身体から力が抜けた。
だからか、余計な質問をしてしまう。
「あなたにも恋人がいるでしょう? それこそ王様ならふさわしい相手が用意されているものだと思うけど」
ティアリーゼの兄はそうだった。
いつか国を治める際、王を支えるにふさわしい妻をと幾人もの候補者が用意されていた。
同じようにシュクルにもいるのだろうと思っての質問だったのだが。
「私は人間としか子を成せないからな」
「……王」
トトの声は、ティアリーゼの耳に寂しく響いた。