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(全部間違いってわけじゃないのが困りものよね)
本来、ティアリーゼが魔王を止めなければならない立場だった。
それなのに同じ人間の仲間たちから責め立てられていないのは、魔王の恐ろしさを目の当たりにした者が多かったからだろう。更に言うなら――ティアリーゼの知らないところで、どうやら『勇者』と語り継がれることになった兄の真実を伝える者がいるらしい。
思い出したのは、こうなる少し前に城を去った教育係のこと。まさかと思いつつも、他に思いつかなかった。
レレンはティアリーゼに家族の真実を伝えなかった。しかし、おとなしくその所業を見過ごすつもりもなかったのだ。
とはいえ、あくまでティアリーゼの妄想の範疇を出ない。ただ、妙な確信があった。
また、そういった形で表立って魔王を非難できない空気の中、人間の女性たちも別の方向で盛り上がっている。どうやら今回の話は単純に勇者と魔王の戦いではなく、壮絶な恋物語だと流れているらしい。
もともとそういった物語に飢えている女性たちがあれやこれやと空想を楽しみ、話をふくらませるのもある意味仕方のないことだった。
そして、どうもその原因のひとつはティアリーゼ本人にもある。
今、ティアリーゼが着ているドレスは結婚式の花嫁衣裳だった。
これを整えたのは、あのときなにも知らずにタルツで製作してくれた針子たち。
ティアリーゼの思いを聞いた彼女たちは、広まる物語が異種族同士の大恋愛を下地にしたものだと伝えて回ったとのことだった。『姫』本人から聞いたと言っているのだから、余計に信ぴょう性が増していく。
(もう、これはどうしようもないわ)
物語の中で兄は本物の勇者となった。皮肉な話だが、これが少しでも救いになればいいと思ってしまう。
まだ、人間と亜人の間には冷えた空気が流れている。だが、この一件がなにかのきっかけになろうとしているのは確かだった。
それがいいにせよ悪いにせよ、一石を投じられたことを喜んでいたい――。
そのとき、こんこん、と扉を叩く音が聞こえた。
ややあって、メルチゥが姿を見せる。
「おめでとうございます、ティアリーゼ様」
「ありがとう。……私、ちゃんと似合っているかしら?」
「もちろんです。人間って素敵なものを作るんですね」
その言葉がティアリーゼの胸を打った。
「いつか、メルチゥも結婚するときは人間のドレスを着てみたらどう?」
「どこにお願いすればいいんでしょう? 私、せっかくなら結婚式もしてみたいです。人間のやり方で」
(メルチゥも変わったわね)
最初は恐れられていたのを思い出す。
順応の早い亜人たちもこうして式の準備をするにあたり、人間や人間の作るものと触れ合い、考えを改める者が出始めていた。
悲しい事件は起きてしまったが、当初思い描いていた共存の道へ一歩踏み出せたのを肌で感じ取る。
そこでまた扉が開いた。
ティアリーゼの部屋へ勝手に入ってこられる人物は一人しかいない。
「シュクル、まだ見に来ちゃだめでしょう」
「なぜ?」
シュクルもまた結婚式のために衣服を改めていた。
亜人たちが手をかけて作ったというそれは、今後白蜥の魔王の正装として使っていきたいとのことだった。
人間の正装に近くはあるが、装飾や刺繍に独自の特徴がみられる。もともと見栄えがいいのもあって、今のシュクルはとても素敵に見えた。
不覚にもティアリーゼはときめいてしまう。
(こういう想いをこの人に抱くなんて、最初は思わなかったのに)
異性としてのシュクルを意識すると、ティアリーゼの鼓動は速くなる。
見つめ合う二人を見て、メルチゥはそっと部屋を出て行った。
「もうすぐ時間なのに、なにをしに来たの?」
「お前を見に。皆が見るべきだと騒ぐものだから」
「……普通、新郎は結婚式まで見に来ちゃいけないのよ」
「それは人間のやり方だ。今後、我々の間ではこういったやり方になる」
「今後?」
「この形で結婚式を行うのが流行する気がしてならない。何人か、自分の参考にすると言っていた」
「あら……」
「いずれ、文化も混ざり合う。私たちが交わったように」
シュクルがうやうやしくティアリーゼの手を取った。
そして、その指の先に口付ける。
「ど、どうしたの?」
「人間はこうするものだと聞いた。私もまだ学ぶことが多い」
「ちょっとびっくりしたわ。あなたがそういうことをすると思わなかったから」
「お前にこの感情を伝えるためなら、どんな方法でも試す」
指を絡めると、シュクルは自分の頬にティアリーゼの手を擦り付けて微笑んだ。
「指輪が必要らしい。なんの骨で作ればいい?」
「骨じゃなくて金属がいいわ……」
「覚えておこう。他に、石を嵌め込むと聞いた。好きなものは?」
「特に思いつかないわね。あんまり自分でもそういった装飾品は持っていなかったし」
「ならば、提案したい」
「え?」
自発的にそう言ってくるのが珍しくて、目を丸くする。
いずれ指輪をはめることになるであろう左手の薬指を撫でると、シュクルはそこに自分の額を押し当てた。
「角のひとかけらを贈らせてくれ」
「嬉しい、けど……痛くない?」
「痛くない。そのうち生え変わる」
「……そういうものなの?」
「いかにも」
まだシュクルについてはわからないことの方が多い。
それもまた、ティアリーゼには幸せなことだった。
「あなたのこと、これからもっと教えてね」
「聞けばいい。私はここにいる」
「……こんなやり取り、前にもした気がする」
ティアリーゼが笑うと、シュクルも笑った。
その緩んだ頬に手を伸ばす。
「あなたの笑った顔、すごく好きだわ」
「わからない。お前を見ていると頬が柔らかくなる。たまに引きつって痛いのだが、どうすればいい?」
「表情筋を鍛えるところから始めなくちゃいけないわね」
感情をずっと尾で伝えていたシュクル。表情が生まれるにつれ、その動きは落ち着いていった。
少し寂しくは思うものの、これでいいと考える。
これから共に生きていく中で、シュクルはもっと雛の自分を捨てていくのだろう。
一番近い場所でそれを見られるのが嬉しかった。
「さ、そろそろ行きましょう。主役二人がいつまでも部屋に引きこもってるなんて、みんなに心配されちゃうわ」
「それは困る」
手を取り合って扉を開く。
新しい明日を前に、二人で足を踏み出した。




