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喉奥で消えた声は響かない。
シュクルを傷付けた者たちは一人残らず炎か爪か、あるいは牙の餌食となった。
だが、集められた兵の数は多い。多対一では限界があった。
次第にシュクルの傷が増えていく。
たとえ死体の数が増えようと、それに比例してシュクルの血も流れた。
「はは、ははは……! いいぞ、その調子で魔王をやれ! そうすれば勇者になれるんだ……!」
エドワードが攻撃の届かない場所で兵たちを追い立てる。
勇なき姿を誰が勇者と呼ぶことか。しかし今、それを伝える人間はいない。
(私が……止めなきゃ……)
気を抜けば意識が飛びそうになる。
それでもティアリーゼは歯を食いしばって立ち上がった。
不思議と、ティアリーゼの周りだけ被害が少ない。
竜の形を取り、人の想像する真の魔王の姿と成り果てても、シュクルはティアリーゼのことを考えていた。
霞む目をこすり、ティアリーゼはシュクルのもとへ向かおうとする。
猫が獲物を捕らえて遊ぶように、シュクルは軽く跳ねて建物の上に降り立つ。崩れた建物の中から悲鳴が聞こえた。
シュクルはゆっくりと顔を動かした。かと思ったら、建物から飛び出した人間に向かって口を開く。
思わず目を閉じたティアリーゼが再びまぶたを開いたとき、胸から上がなくなった人間が走る勢いを殺しきれず近付いてくるところだった。
ばたり、と人形のように倒れた身体から湧き水のように血が溢れ出す。
獣の咆哮が夜空を汚していった。
シュクルは殺戮に酔っている――。
そう感じ、ティアリーゼはよろよろと歩き出す。
(人間とあなたたちが同じだなんて、おこがましい考えだったわ)
背中はずきずき痛んでいた。
だが、ここで矢を抜くわけにはいかない。
血が流れ出ることを防ぐために、耐え続ける。
(あなたたちは正しく獣なのね。……私たちが傷付けなければ)
キッカが姿を変えたときも、人間によって仲間が傷付けられたときだった。
今もシュクルは傷付いている。
ティアリーゼを目の前で失いかけて。
「シュクル」
いつの間にかもう兵たちの姿はほとんどなくなっていた。
ばらばらになった肉片につまずき、込み上げそうになるものをなんとか飲み込む。
動いたおかげで矢による痛みが薄れ、麻痺していた感覚が戻りかけていた。
(意識だけは失わないで。私が気絶したら、誰もあの人を止められなくなる)
「シュクル」
ティアリーゼは荒ぶる魔王の名を呼ぶ。
しかし、届かない。
シュクルはティアリーゼ以外に唯一残していた人間のもとへ向かおうとしていた。
自らを守る兵を失ったエドワードは、シュクルの目的に気付いて逃げようとする。
ごう、と低く轟く音がしたかと思うと、白い龍の口から炎が放たれた。
昼間かと錯覚するほどの閃光がひらめき、エドワードの逃げ道を塞ぐ。
それを見て、ティアリーゼはぞくりとした。
シュクルは冷静さを完全には失っていない。こんな状況を生み出しておきながら、本人の頭は冷えているのだろう。
自分に絶望を与えた男に、同じものを与えようとするその意思。
撫でられるのが好きで、尻尾をぱたぱた動かすシュクルのすることとは思えなかった。
「だめ」
少しだけ歩く速度を上げる。
シュクルが届いてしまう前に。
あの顎が兄の身体を二つに割る前に。
「だめ――!」




