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 結婚式に向けての準備は着々と進んでいるようだった。

 あまり詳しく知らないのは、当日までのお楽しみだと見せてもらえない部分が少なくないせい。

 ティアリーゼが把握しているのは、それこそドレスくらいだった。


(どこで式をするか、って話をしなくちゃいけないんじゃないかしら……?)


 決まっていないことも多いのに、父である国王は忙しく、兄は国外での公務で連絡が取れない。誰に聞いてもこれといった回答が得られないため、タルツで過ごす日々が長くなるほど不安が大きくなった。

 それをマリッジブルーと言うのだ、とメイドの一人は言っていた。

 結婚を前にした女性が不安を覚える現象とのことだったが、果たしてこの不安がそうなのか、いまいち納得しづらい。

 そんなティアリーゼは今、城の庭に出ていた。

 ドレスは仮縫いが終わったと言う。結婚式が近付いているのだと思わせてくれるのは、本当にドレスの進捗だけだった。

 することもなく過ごすのは息が詰まりそうで、こうして外に出たわけだが。


「……あ」


 花壇の端に小さなトカゲの姿を見つける。

 自然と、いずれ夫となる人のことを思い出していた。


(元気にしていたらいいんだけど。寂しがっていそうだわ)


 しゅうしゅうというあの鳴き声を久しく聞いていない。

 忘れようとしていた寂しさが込み上げて、その場に立ち尽くす。

 黒っぽい色のトカゲはしゅるしゅると地面を這い、ティアリーゼの足元まで近付いた。

 なんとなく目で追って、ふと気付く。


(……そういえば、トカゲに角ってないわよね)


 シュクルの額には石のようなものが嵌まっている。最初はなんらかの飾りかと思っていたが、のちに角だと説明を受けていた。

 あれをこすりつけることがシュクルにとっての求愛行動だということはもう知っている。今までは深く考えずに受け入れていたが、よくよく考えればあれはなんだというのだろううか。

 見下ろしたトカゲの額はつるりとしていて、やはり角らしきものなど見当たらない。


(シュクルのあれは本当に角なのかしら……?)


 いかにも、というあの淡々とした答えが耳によみがえる。

 また会ったときに改めて確認させてもらおうと思ったそのときだった。


「ティアリーゼ様、こちらにいらっしゃいましたか」


 振り返ると、メイドが近付いてくる。


「エドワード様がお戻りになりました」

「まあ、お兄様が?」


 王子としての役目を果たすため、エドワードは遠方の国に出向いていると聞いていた。おかげでせっかく国に戻ってきても、今日まで会えていない。

 ようやく自分の口から結婚のことを伝えられると知り、ティアリーゼの表情が明るくなる。


「帰ってきてすぐ話に行くのはよくないかしら。お兄様もお疲れだとは思うけれど……」

「それでしたら問題ございません。今、エドワード様にティアリーゼ様をお連れするよう、申し付けられておりますので」

「お忙しいでしょうに……」

「直接、結婚のお祝いを伝えたいと思っていらっしゃるのかもしれませんね」


 メイドが柔らかく微笑んで言う。

 確かにその可能性もある、と考え、本当に兄との関係も変わったものだとティアリーゼも温かい気持ちになった。


「そういうことならお待たせする方が失礼ね。すぐに向かうわ」


 メイドに礼を言い、兄の部屋へ向かう。

 自然と、歩みが速くなった。


「失礼いたします」


 エドワードはすぐにティアリーゼを出迎えてくれた。

 少し疲れた顔をしているのは、長きに渡る公務が理由だろう。


「まずはご公務、お疲れ様でした」

「ああ、まあな」

「私になにかご用でしょうか?」


 少しだけ期待に胸をふくらませる。

 しかし兄は本題に入らず、まずティアリーゼをソファに座るよう促した。


「そう焦るな。一息つかせてくれ」

「これは失礼いたしました」


(お兄様が私を呼び出すなんて、今までに一度もなかったから)


「茶を用意させてある。菓子でも楽しみながら、近況を教えてくれないか」

「はい」


 テーブルの上に用意されていた紅茶を勧められ、そっと口に運ぶ。

 亜人たちのもとで嗜んでいたものと違う風味の紅茶は、ティアリーゼの舌に馴染んだものだった。

 ――ほんの一瞬、ぴりりとした刺激を感じた以外は。


(……なにかしら)


 疑問はあったものの、もう一口含む。


「それで、結婚というのは?」

「実は――」


 かちゃん、と紅茶の入っていたカップがティアリーゼの手を滑り落ちる。

 姫として育てられていなくとも、ティアリーゼはレレンによって洗練された礼儀作法を身に着けている。

 ありえない失態だったが、そんなことを気にしている余裕はなかった。


(な、に……)


 手が震える。声が出ない。身体から力が抜けていく。

 いくつもの異常がティアリーゼを襲っていた。


「おに、さま……?」


 まぶたを開けるための力まで奪われていくようだった。

 徐々に暗転する視界と、そして意識。

 わけがわからないまま、最後に兄の声を聞く。


「――『人間』の裏切り者が」

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