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「私はティアリーゼが好きだ」

「もうわかったって」

「だから、クゥクゥよりも詳しい。この気持ちに」

「……ったく」


 幸せそうに言われれば、キッカもそれ以上言えなかった。

 シュクルの言う通り、キッカは愛を知らないのだから。


「シュシュの考えてることはよーくわかった。でもな、ほんとに……それで大丈夫なのかよ?」

「まだ言うか」

「言う。だって、あいつは俺たちと違うんだぞ」

「そんなことはよく知っている。ティアリーゼは弱い」

「そうじゃなくて。……人間の寿命が百年ねぇのを知ってるかって話」


 むくりとシュクルが顔を上げる。

 そして、首を傾げた。


「ティアリーゼは違うかもしれない」

「いや、個体差の問題じゃねぇんだよ。そういう生き物なんだ」

「わからない」

「って言われてもなぁ」

「グウェンに聞けば解決するのか?」

「うん? なんでそうなる?」

「東の大陸には不思議なものが多いと聞いた。ティアリーゼを我々と同じ生き物にすればいい」

「んー、獣人にできるかどうかはわかんねぇけど、あいつんとこならなにかしらあるかもな。前、不死の泉とやらなんやらを求めて人間が荒らしに来たって怒ってたし」

「解決したな」


 ふむ、と満足げなシュクルを見てわざとらしくつんのめると、キッカはこめかみを掻きながら溜息を吐いた。


「してねぇよ。そんなもんがあったとして、あいつが使わせると思うか? 人間なんか残らず滅ぼしちまえーって考えの奴だぞ」

「あまりだめだとは思いたくないが」

「話の通じる奴じゃねぇしなぁ。希望は捨てた方がいいぜ」

「…………私はティアリーゼを失うのか」

「……いつかはそうなっちまうよ。だってあいつ、俺たちと違うもん」


 またシュクルが机に突っ伏す。見ようによっては泣いているようにも見えた。

 キッカはそっと側まで近寄ると、落ち込んでいるシュクルの頭を撫でてやる。


「お前はさ、もう充分傷付いてきただろ。だからまた傷付くところは見たくねぇよ。あの人間のこと、もっと割り切っちまえ」

「……私の名前を呼んでほしい」

「んあ?」


 キッカの手の下でシュクルが首を振る。

 ティアリーゼ以外に撫でられるのはどうにも違和感があった。あの手で優しく触れられて、シュクルと名前を呼ばれて。それで初めて、本当に欲しいものを得られる。


「いつまでも私の名前を呼んでほしい。それが叶わなくなるのは寂しいな」

「俺が呼んでやるから」

「シュシュではなく。……シュクル、と呼ばれたい。ティアリーゼの声で」

「ほんっとこじらせてるなぁ」

「……いっそのこと」


 キッカの手を払い、シュクルはふらりと立ち上がる。

 窓の方へ近付くと、遠い目をした。


「ティアリーゼを取り込んでしまえばいいのかもしれない」

「……え?」

「父は兄たちを取り込もうとした。私も同じようにすれば、寿命など関係ない」

「おい、シュシュ――」

「……いや、だめか」


 閉じた窓に手を這わせると、シュクルは小さく鳴き声を上げた。


「そうしたら、触れてもらえなくなる。……それは困るな」

「こえー。本気で食うつもりかと思ったじゃん」

「本気だが」

「でも違うなって自分で思ったんだろ」

「いかにも」

「賢くなったなぁ」


 キッカもシュクルの隣に来る。二人が並ぶと、シュクルの長身が目立った。細身なのもあって余計に背が高く見えるのかもしれない。


「雛だった時間、あんなにあったのに。ここ最近、一気に成長してる」

「そうだろうか。私にはわからないが」

「普通に会話が成り立つようになったなって思うよ。前は俺ばっか喋ってた」

「今もあまり変わらない」

「そうかぁ?」

「ギィが言っていた。ぴーちくぱーちく元気だと」

「あの野郎……」

「褒め言葉ではなかったのか」

「あいつが人を褒めたりするもんかよ」


 魔王たちの誰も本性を知らない黒の魔王。口の悪いあの魔王は、特にキッカにつっかかることが多かった。キッカの、余計なことを言ったり、どこにでも首を突っ込む性格のせいではあるが。

 その性格に救われているのがシュクルなのだから、単に相性の問題である。


「シュシュが成長したのも、あの人間のおかげなんだよな」

「いかにも」

「……じゃあ俺は、捨てちまえって言うより、限られた時間を幸せに生きろよって言ってやる方がいいんだろうな」

「わからない。クゥクゥの言いたいように言えばいい。私を強制できるとは思わないでもらいたいが」

「頑固だもんな、お前」

「わからない」

「まぁ、友人として幸せは願っといてやるよ」

「…………ありがとう」


 そう言ったシュクルは微笑していた。

 ゆらりと尾を揺らしながら、今こそが幸せであると伝えるように。

 だからキッカも微笑を返した。苦笑に近いかもしれない。

 どんなに忠告しようと、シュクルはティアリーゼと生きる刹那を選ぶだろう。失った後で永遠にも近い寂しさを抱えることになろうと。

 自分とは似て非なる別の生き物なのだと、キッカは改めて思ってしまった。

 恋を知っているか知らないか。それだけでこんなにも眩しい存在になれることを羨ましくも思う。


「やっと楽しい人生になりそうじゃん。よかったな」

「少しだけクゥクゥのおかげ」

「少しってなんだよ」


 キッカが小突くと、シュクルはくすぐったそうに頬を緩めた。

 そんな表情もまたティアリーゼによって引き出されたもの。それがわかっていたから、キッカはもうなにも言わなかった。

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