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ティアリーゼがタルツに戻ってからしばらく、シュクルもまた寂しい日々を過ごしていた。
「お前、ほんっと元気ねぇなぁ」
遊びに来たキッカがシュクルをつつく。
以前はそこまでシュクルに近付こうとしなかったくせに、キッカもまた、ティアリーゼの存在で考え方を変えたらしい。
「クゥクゥが帰れば元気になる」
「絶対嘘だね」
「なぜ、私に構う? 最近、こちらへ来過ぎだ」
「そりゃあシュシュを見てるのが楽しいからさ。こう見えてもちゃんと仕事はしてから来てるんだぜ? ただ、やればできるってのを証明しちまってるだけ。ほんとすっげぇ仕事早いの。だーっと砂漠見て回って、今日も異常なーしっつってこっちまで飛んで……」
「ここまで来なくていい」
「せっかく顔見に来てやってんのに、そんな言い方しなくていいだろ?」
「……前は違った」
シュクルがそう言うと、キッカはつつくのをやめた。
かと思ったら、仮面で隠した顔をシュクルに近付ける。
「前まで、なに考えてるかわかんなかったからだよ。いつ食われるかハラハラしてた」
「……どうせ食らうのなら、もっと『食いで』のある獲物にする」
「やめろよー、本気にしちまうじゃん。焼き鳥だけは勘弁な」
「生でいく」
「ははっ、お前も冗談言えるようになったんだなぁ」
また、キッカはシュクルを小突いた。
鬱陶しく思いながら、シュクルはそうやって触れられるようになったのがいつからだったのか考える。
ティアリーゼと出会う前、魔王たちの集会で会ったときはもっと遠巻きに見られていた。
突然魔王となることになった若い雛。今までなんの知識も経験も与えられていなかったせいで、まともに会話すらできず。
よく面倒を見てくれたのは紅狐の魔王であるマロウだった。最年長ということもあって、新世代の魔王を放っておけない気持ちがあったのだろう。
キッカは年齢こそ近い――とはいえ、二百近く離れている――が、最初はシュクルと距離を置いていた。
ぼんやり話を聞くか、あるいはいまいち要領を得ないことを言うか、もしくは窓の外を飛ぶ鳥を見つめているか――そんなシュクルと親しくなろうという方が難しいというのはあるが。
「俺はさ、心配してるんだよ。お前が寂しがって暴れるかもしれねぇから」
「しない」
「そうかぁ?」
キッカはティアリーゼのもたらした影響を知っている。だからこうして、頻繁に顔を出すのかもしれなかった。
突如現れた人間の『勇者』。魔王たるシュクルがその存在に惹かれたことで、周りにも大きな変化が現れている。
ティアリーゼが触れるようになったことで、シュクルは他人との距離の取り方を覚えた。会話も一言二言話していたのが、今は冗談も口にできるようになった。相手の言っていることを理解できず、空を見ることもなくなった――。
「もう一個、心配なことあるんだけどな」
「うん?」
キッカは勝手に側の椅子に座る。
そこはティアリーゼの特等席なのに――とシュクルは尻尾を揺らして抗議する。
それだけの抗議を聞き入れるはずがなく、キッカはへらっと笑う。
「お前さ、あいつが来てから……なんつーの、妙に人間に近くなったよ」
「わからない。それのなにが悪い?」
「いや、ほら……好きとかなんとか、そういうのって必要か? シュシュにとってあいつは卵を温めるゆりかごだろ? だったら死なない程度に飯食わせて、適当に巣に閉じ込めときゃいいだけじゃん」
ティアリーゼが聞けば、「そういうところが人間と違う」と思ったことだろう。
シュクルには今のキッカの言葉の意味が理解できた。そして、実際に自分たちはそういう生き物だということもわかっていた。
だが、首を横に振る。
「好きだと言うと、喜ぶ。私も嬉しい」
「わっかんねぇなぁ」
「クゥクゥは誰かを好きになったことがないのか?」
「ねぇ。だってそういうの必要ねぇもん。俺ら鳥の獣人はさ、他人の巣に卵突っ込んで育てさせる奴とかいるわけ。そんで自分はおさらば。つがいにも卵にも別に興味ねぇの。だっていちいち気にしてたら疲れるじゃん」
言いながら、キッカは自分の手を見下ろす。
「それに、卵を五個産んだとするだろ? 一羽産まれたら残りの卵は蹴っ飛ばしちまうから、生き残るのは一羽。けど、そいつが無事にでっかくなるかどうかはわからねぇ。そんな状態で嫁さんと子供に愛情っつーのを持つなんて無駄じゃねぇか」
種族の違い、というものをシュクルは知っている。
鳥類であるキッカとそうでないシュクルではそもそも考え方が違っていた。
とはいえ、シュクルがキッカと同じ鳥類であっても今と考えを変えるかは怪しい。
「クゥクゥは誰も好きになっていないから」
呟いたシュクルがほんの微かに頬を緩ませる。
机にぺたりと突っ伏し、キッカの方に目を向けた。




