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「お前が生きていてくれて本当によかった。また、タルツのために尽くしてくれるな」


(……え)


「それは……もちろんです、が……」


 ティアリーゼのした話と、今の言葉とが噛み合わない。

 それを指摘する前に、頭の上へとを乗せられた。


「っ……」


 ――撫でられている。

 エドワードがしてくれたように。

 あのときは兄に妹として扱われて嬉しい気持ちがあった。今も娘として認められたようで嬉しく思う。

 だが、なにかが違うと感じてしまった。

 きっとエドワードがしてくれたあのときも感じるべきだったもの。


(シュクルの方が、もっと優しく触れてくれるわ……)


 触り方の話ではない。シュクルは心からの愛情を込めてティアリーゼに触れてくる。

 その思いを、今は感じなかった。

 形式的にそうするべきだからするだけ。それがとても悲しい。


(……愛し合えるだけの時間を育んでこられなかったのかもしれないわね)


 父も兄もティアリーゼも、皆、線がある。

 どこまで踏み込んでいいのかわからない、親子にはないはずのもの――。


「……ありがとうございます、お父様」


 その事実に気付きながら、ティアリーゼは無理をして笑う。

 もとより、親子らしくない親子としてここまで育てられてきた。まだ娘と呼んでくれるだけいい方だろう。

 たとえ愛されていなくとも、ティアリーゼは家族を愛している。


「人間と亜人の共存はきっと私たちのためになります。勇者として魔王を倒すことは叶いませんでしたが、人の求める平和のためには生きることができそうです――」


 王はなにも言わない。

 代わりにティアリーゼは言いたいことをすべて言った。

 自分の身でできること。それをまたひとつこなせたことにほっとして、気まずい空気には気付かない振りをした。


 夜、ティアリーゼは久し振りに一人ぼっちだった。

 シュクルのいないベッドはやけに広く、寒い。


(いつの間にかシュクルがいることに慣れていたのね……)


 抱き締めたくてもここにあのかわいらしいトカゲはいない。ちょっぴり冷たい肌に触れられないのは、意外なほど寂しかった。

 何度も寝返りを打ち、横になったまま丸くなる。自分の身体を抱き締めながら目を閉じた。


(早くあの人のもとに帰りたい)


 寂しさからか、そんな気持ちが芽生える。

 しゅうしゅうという鳴き声も聞こえず、ご機嫌に振られる尻尾を見られない今は、自分の生活だと思えなかった。

 次に会うときは結婚式。

 人間と亜人とが共存できることを知らしめるためのための――政略結婚。

 だが、ティアリーゼは幸せだった。おそらくはシュクルも。

 たとえ理由を持った結婚だとしても、その理由と同じくらいお互いへの強い思いがある。撫でられて喜ぶシュクルを、いつまでもいつまでも撫でていたい。ティアリーゼもまた、獣らしいシュクルのキスをこれからもずっとされていたい。


(シュクルのなにがこんなに好きなのかしら。自分でも全然わからないけれど……)


 ぎゅう、とティアリーゼは自分の身体を抱き締める。

 どんなに力を入れてもそこは今、空っぽだった。


(シュクルを抱き締めたい。撫でてあげたい。……私もそうしてほしい)


 生きていて、こんなにも誰かを想うことなどありはしなかった。

 シュクルの鳴き声と、ティアリーゼを愛おしげに呼ぶ囁きを思い出し、胸が締め付けられる。


(いろんなことを教えているのは私の方だとばっかり思ってた。でも、好きって気持ちを教えてくれたのはシュクルだわ……)


 ここにあの獣はいない。

 それがこうまで寂しく辛いことだと思わず、その日は眠れない夜を過ごした。

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