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――旅は不気味なほど順調だった。
その理由を、魔王のもとに着いてから知ることとなる。
(なにが起きているの)
魔王の前に膝をつく仲間たち。ティアリーゼだけが立ち尽くす。
「供物を届けに来ました。どうか、我が国には大陸一の繁栄を」
仲間の一人の声が静寂に響いた。
その意味を理解するには、少々時間がかかる。
(供物? ……誰が?)
魔王の住まう城は雪をまぶしたように白く、光を受けて眩しかった。人々を苦しめておきながらこんなにも美しい場所に生きているのかと、ティアリーゼは激しい感情に襲われたというのに。
仲間たちは戦うこともしなかった。
思えば、ここまでティアリーゼはほとんど剣を振るっていない。必要以上に傷付けることはないと戦いを避けてきたのもあるが、今思えばそんなことが通る時点でなにかがおかしかったのだろう。
「どういうことなの」
ティアリーゼの疑問がこぼれ落ちる。
仲間たちは当然答えず、振り返りもしなかった。
代わりに口を開いたのは、同じく困惑を顔に浮かべた魔王。
「それは私も聞きたい」
(……なにが起きているの?)
再びティアリーゼはそう思った。
なぜ敵である魔王が、勇者である自分と同じ疑問を抱いているのか――。
なんの疑問も解決しないまま、ティアリーゼは武器を取り上げられてとある部屋に連れられた。
生活するのになんの不自由もなさそうな、本当に普通の部屋だった。
(ベッドがひとつ、窓……は開かないけれど一応ある。テーブルもあるし、物置も用意されてるみたい。……でも、どうして?)
虜囚への扱いにしては好待遇が過ぎる。
(みんなはどこへ行ったの? 私だけ連れてこられたのはなぜ? 勇者だから? それならどうして殺さないの?)
わけがわからないまま、とりあえずベッドに座る。
ティアリーゼがいつも寝ていたものと同じか、それ以上に柔らかく寝心地のよさそうなベッドだった。
そこに、足音が響く。
咄嗟に立ち上がり、ティアリーゼは扉の方を向いた。
なにが来てもいいよう構え、呼吸を整える。
「……入っても?」
静かな声が扉の向こう側で聞こえた。
それが倒すべき魔王のものだと知って、一瞬返答に詰まる。
(だめだと言って帰ってくれる相手じゃないだろうし。……ここは素直に従っておいた方がよさそう)
「……どうぞ」
警戒を怠ることなくそう告げる。
ややあって、扉が開いた。
「ティアリーゼ?」
(……え)
なにを言われるかと思いきや、いきなり名を呼ばれて困惑する。
虚を突かれたティアリーゼを見つめ、魔王は首を傾げた。
「違っているのなら、本当の名を教えてほしい」
「え……あ……」
(……なに、この人)
そう思うのが精いっぱいだった。
うっかり警戒が緩んでしまったことに気付き、すぐ一歩下がる。
「……確かに私はティアリーゼだけど、それがどうかしたの?」
「別になにも。どう呼ぶべきかわからなかった」
(……本気でそう思って言ってるのかしら)
「あなたはレセントの魔王で合っている?」
「いかにも」
短く答えた魔王が少し背筋を伸ばす。
「シュクル・クシュクルと言う。皆は私を白蜥の魔王と呼ぶ」
「……くしゅくしゅ?」
「違う」
思わず尋ねてしまったのは、聞き間違えたのかと思ったからだった。
喉奥から息だけを吐くような、蛇の鳴き声にも似た発音。人らしからぬ音は恐らく亜人だからなのだろう。
(……そっか、亜人)
改めて目の前の魔王――もとい、シュクルを観察してみた。
生気の薄い、抜けるような白い肌。額にひし形をした紫色の石のようなものがある。
髪は長く、銀色をしていた。あくまで銀であって白ではないらしいと、反射する光を見て思う。
瞳の色は形容しがたい深い青。紺青と呼ぶには明るく、水色と呼ぶには濃い。ただ、とても透き通った色をしている。
そこまでならばとりあえずまだ人と呼べるかもしれなかった。
彼を亜人だと判断する最たる理由は、背を覆うマントから除く爬虫類の尾。色は白く、なぜ『白蜥』――白い蜥蜴と呼ぶのか理解する。
「あなた、トカゲの亜人なの?」
「違う」
「でも、尻尾が」
「……なぜ、そんな場所を見ている」
ぱた、と尻尾が動いた。
意外にもかわいらしい動きで、なんとなく目を惹かれる。
しかし、ティアリーゼはすぐに気持ちを切り替えた。
目の前にいるのは長年打ち倒すべきだと言われ続けてきた魔王なのだ。
「私がなんなのか、なんのためにここへ来たのかは知っているの?」
「わからない」
「……えっ」
「先ほどの人間は供物だと言っていた。が、そんなものを贈られる理由がない」
「……そうね。私も自分が供物扱いされると思ってなかったわ」
「ならば、なんのためにここへ?」
(この人、意外と話ができるのかもしれない)
そんな思いがティアリーゼの脳内をよぎる。
が、この後の答え次第ではそれも変わるだろう。
とはいえ、ティアリーゼ自身よくわかっていない状況で嘘を吐くのもはばかられた。
危険かもしれないと思いながら、正直に答える。
「あなたを殺しに来たの」