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 そうしてティアリーゼはまたカラスの亜人に連れられ、タルツへと降り立った。

 最後に訪れてから結構な時間が経つが、見覚えのある景色はそう変わらない。


(やっぱり、タルツにおかしなことなんて起きていなかった)


 ずっと引っかかっていた、翼狩りの男の言葉。

 国になにが起きているかも知らないくせに――という呪いのような嘲りは、ティアリーゼの奥深いところに根強く残っていた。

 しかし、こうして周りを見ても特におかしな様子は見られない。使用人たちが掃除にいそしむ姿も、庭師が庭の花壇を整える姿も、ティアリーゼにとって見慣れたものだった。

 あの男の言葉は、やはり人間でありながら亜人の味方をするティアリーゼをよく思わないがゆえのものだったのだろう。

 ほっと息を吐きながら、それでいて緊張を拭いきれないまま城へ入る。

 長い間ここを離れていたとはいえ、ティアリーゼはこの城の王女である。物珍しげに見る者はいても、咎める者はいない。

 そうしてティアリーゼが向かったのは父のもとだった。

 長い廊下を渡り、あとひとつ角を曲がれば居室というところまで来て、懐かしい男と鉢合わせる。


「レレン」

「ティアリーゼ様……」


 向こうはティアリーゼの帰還に驚いていたようだった。


「久し振り。急に戻ってくることになってごめんなさい。お父様はいらっしゃる?」

「……陛下でしたら、部屋に。ですが……」


 レレンはそこで言葉を切る。

 なにを言うつもりなのか、ティアリーゼが待ってもなかなか口にしない。


「ふふふ、あなたらしくもないわね。久々に話すから、私とどう会話するのか忘れたの?」

「……そうかもしれませんね。私も知りながらあなたを見送った一人ですから」

「それは……勇者のことね」

「はい」

「気にしていないわ。あなたには勉強も教えてもらったし、剣も指導してもらった。いつか供物になる女だろうと手を抜かずに教えてくれてありがとう。本当に感謝しているの」

「……感謝されていい人間など、ここにはおりませんよ」

「あら、どうして? 私を私として見守ってくれたから、今の私があるのに」


 本心からそう言うと、眩しそうに見つめられる。

 やはりレレンらしくない。そう、ティアリーゼは思った。


「お父様に伝える前に、あなたにも言っておくわ。……私、結婚するつもりなの」

「結婚、ですか。それは……」

「ええ、あなたたちが魔王と呼ぶ人と」

「……なぜ、と聞いても?」

「かわいい人だったからよ」


 それもまたティアリーゼの本心だった。

 シュクルへの思いは日々変わっていっている。かわいい人だと放っておけない気持ちから、共に生きていきたいという穏やかな気持ちへ。

 彼が雛の皮を脱ぐにつれ、ティアリーゼもまた、母性にも似た思いを恋心へと変えていった。


「私とあの人が結婚することで、彼らと……亜人と共存の道を作れるのではないかと思った、というのもあるわ」

「あなたは……」


 言いかけて、またレレンは口をつぐむ。

 なにか言う代わりになんとも言えない表情で微笑した。


「昔から、真面目で責任感のある方だと思っておりました。大きくなってからもお変わりない」

「どうしたの、急に?」

「これが、供物としての別の生き方ではないことを祈ります」


 そう言うと、レレンはティアリーゼの前に膝をついた。


「私はこの国を出ようと思っています。またティアリーゼ様にお会いできてなによりでした」

「そんな、いつから……」

「……きっかけは、あなたを見送ったあの日からでしたよ」


 ふ、と笑われた意味をティアリーゼは理解できなかった。

 どうしてレレンがそんな風に寂しく笑うのか――。ティアリーゼの知っている姿からは想像もできない。


「私の中では、あなたこそ真の勇者でした」


 それだけ言い残し、レレンはその場を立ち去る。


(いったい、どういうこと……?)


 皮肉を言っては厳しく指導し、かと思えば頬を緩めて話し相手になってくれたレレン。急にいなくなることになると思わず、追いかけるべきか悩む。

 しかし、ティアリーゼにいはレレンがそれ以上の話を望んでいないように見えた。

 話すことがあるのなら、今もここで会話を続けているだろう。


(……寂しいわ)


 思いがけない別れに胸を痛めつつ、気持ちを新たに再度前を見据える。


(あなたが教えてくれたこと。全部大切にしていくから)


 そう心に誓い、父王の控える居室の扉を叩いた。

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