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「タルツでなにが起きていると言うの……?」
「さあ、なんだろうな?」
(……亜人たちが国を襲った? ううん、そんなことはありえない。シュクルが許さないだろうし、そんな話があれば私の耳に入ってこないはずがないもの。それに、そこまでの一大事だったらこの人も笑っていられないはずだわ)
そこまで考えて、はたと気付く。
(この間、お兄様は私にシュクルを殺せと言ったわ。あれは……魔王の討伐を諦めていないということではないの?)
いや、と首を横に振る。
エドワードはティアリーゼにそう命じたが、他ならぬティアリーゼ自身がそれを拒んだ。
シュクルのことは殺せない。人間として、亜人たちの中で生き、そこから共存の道を探してみせると伝えている。
それをエドワードは受け入れた。ティアリーゼの髪を撫で、再びシュクルのもとへ戻るのを認めてくれたはずだった。
黙り込んだティアリーゼを見て、男は更に声高く笑う。
なにも知らない哀れな元勇者を嘲って。
(この人が私を騙そうとしている可能性だってあるじゃない。自分を助けるどころか亜人の味方をする人間に、なんらかの嫌がらせをしたいと思ってもおかしくないわ)
ティアリーゼは迷う。
タルツではなにも起きていないことを自分に言い聞かせているように思えたからだ。
考えれば考えるほど暗礁に乗り上げてしまう。
目の前が真っ暗になったそのとき、こつこつと階段を下りてくる足音が聞こえた。
「そろそろお時間ですよ」
「あ……わかったわ」
いいのか悪いのか、ちょうど時間切れの連絡をもらう。
あまり男から有益な情報は得られなかったが、ひとつだけ確実にわかったことがあった。
「人間と亜人が共存するのは、とても難しいことなのね。……人を家畜だと思っている限り、共に生きることなんてできるはずがないわ」
「それがわかってても、あんたは馬鹿げた言葉を繰り返すんだろう?」
「そうね」
(だって、私はそれが一番いい道だと思っているから)
「はははははっ! できっこないさ! 家畜と生きるなんざ、まっぴらごめんだからな!」
ティアリーゼは爆笑する男に背を向ける。
もう、話すことはない。
(家畜だから狩ってもいい、家畜だから傷付けてもいい。……そういう風に思っている人間は少なくないわね。じゃあ、彼らが同じ人だと伝えるために、私はなにをすればいい……?)
またひとつ、考えることが増える。
その答えはやはりすぐに出てこなかった。
その夜、ティアリーゼのベッドにシュクルが潜り込んできた。
珍しくキスを迫られず、不思議に思いながらその顔を見上げる。
「……今日はおとなしいのね?」
「邪魔をしてはいけないと思った」
「邪魔?」
「考え事の邪魔だ。……お前はなにか悩んでいるのではないのか?」
至近距離で見つめられ、ティアリーゼは一瞬息を呑んだ。
闇に揺れる青い瞳は片時も逸らされることがない。おそらく、今日一日ずっとそうだったのだろう。だからシュクルは外出から戻ってきたティアリーゼに余計なちょっかいをかけてこなかった。
なにかしら考えることがあったのだろう、と気を使って。
「……そうね。悩んでる。翼狩りの人は、あなたたちのことを……その、悪く言っていて」
「仕方がない。人間はそういう生き物だ。我々の中にも人間を嫌う者は少なくない」
「でも、だからって『人』じゃないなんて言い方はいけないでしょう。……あなたを知っているから、そう言われるのが嫌だったの」
「……お前はいつだって私に優しい」
シュクルが喉を鳴らした。
そして、ティアリーゼの身体を抱き寄せる。
「私にだけ、ならばいいのに」
「……他の人はベッドに入らせないわよ。その時点で特別扱いだと思うのだけど」
「もっと、を望むのは悪いことだろうか」
「そんなことは……」
「……私はどんどん強欲になる。なにかを望んだことなどなかったのに」
しゅうしゅうという鳴き声は切なく聞こえた。
ティアリーゼもシュクルを抱き締め返し、その胸に顔を埋める。
「そうやってあなたが雛じゃなくなっていくところを見るのは嬉しいわ」
「身体ばかり大きくなる」
(そこは変わっていないように思えるけれど……)
「大きいベッドが必要になるかもしれないわね」
「そのときは改めて巣を作ればいい。そうすれば、子育ても楽になる」
「……そういうもの?」
「そういうもの」
(子育て……ね)
もう一度顔を上げ、シュクルを見つめる。
彼の願いはずっと前から変わらない。
「今も、私に自分の子供を産んでほしいと思っているの?」
「そう思わないなら、ここにいない」
「……そうね。変な質問をしたわ」
「私は待っている。お前が恋人をやめてもいいと思うときを」
同じベッドで寝ていようと、キスをしようと、シュクルはそれ以上踏み込んでこない。
ティアリーゼが拒んだから、というだけで自分の望みを引けるのは、それだけティアリーゼのことを大切に思っている証拠なのだろう。
色めいた願いではないからこそ、それがシュクルにとって苦しいことではないかと思うことがある。
子供を欲しがるのは単なる本能によるもの。弱い個体として生を受けたシュクルが、自分の血を早く残したいと思うのは当然のことだった。
つきん、とティアリーゼの胸が痛む。
一途で純粋なシュクルを待たせてしまっていることに。
「……いいかもしれない、わ」
「なにが?」
「ちゃんとあなたの奥さんになってもいい。……ううん、なりたい」




