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人間と亜人の共存――。
あれからそれについて考えていたティアリーゼは、少しずつ行動に出ることにしていた。
人間が亜人狩りと呼んでいた『翼狩り』のこと。どういった認識の違いがあるのかをトトに聞いて頭に入れる。
メルチゥや他の身の回りの世話をしてくれる者たちにも話題を振ってみたが、皆、怯えるばかりでこれといった情報は得られなかった。その恐ろしいものだと怯える反応こそが一番の収穫だとさえ言える。
シュクルにもなにかと聞きながら過ごしていたある日のこと、ティアリーゼがいろいろと調べていることを知っていたトトによってとある話がもたらされた。
「城からは少し離れるが、ある村で翼狩りを行っていた人間が捕らえられた。処遇を決めている最中だが――」
「その人と話すことってできるの?」
「そう言うと思って話を持ってきた。結論から言えば可能だ。王がいいと言えば」
「忙しいのに、わざわざ教えてくれてありがとう」
「……ふん」
馬の亜人だというトトは、出会ったばかりの頃と変わらずティアリーゼにいい顔をしない。だが、なにかと便宜をはかってくれる辺り、嫌われているわけではないのだろう。
もっとも、シュクルが気に入っているからそうせざるをえない、というのもなくはないだろうが。
トトから話を聞き、ティアリーゼはすぐシュクルのもとへ向かった。
「――という話を聞いたの。話を聞きに行ってもいいかしら?」
「なんのために?」
シュクルはいつもティアリーゼに理由を求める。
今回もまた同じだった。
「どうしてそんなことをするのか、直接聞いてみたいの。私の見てきたものを伝えて、今後はそういった行為をやめてくれないかお願いもしてみたいわ」
「ティアリーゼのそういうところは人間臭い」
「え? そうかしら?」
「わかり合えない生き物がいる、ということをあまりわかっていないように思う」
「……やっぱり、甘い考え方だと思う?」
それはティアリーゼも薄々感じていた。
どんなに諭しても限界のある相手というのは確実に存在する。
「わかっていないわけじゃない……と思っているわ。やれることはやりたいだけで」
「私はそういう行為を無駄だと言う。翼狩りの男にかける時間があるなら、私を撫でるべきだ」
「……ええと」
「キスでもいい。好きだ」
(嫉妬ってほどじゃないんだろうけど、おもしろくないと思っているのは間違いないわね……)
「それはそれ、これはこれ。でしょう?」
「わからない」
「もう」
シュクルはティアリーゼを見つめたまま首を傾げる。
そして、自分の唇を指で示した。
「してくれないのなら、許可は出さない」
「……そういうのはずるいわよ」
「いつも逃げるお前が悪い」
むっとするティアリーゼだったが、シュクルに抱き寄せられて軽く身体をこわばらせる。
「私はこんなにもお前を求めているのに」
「……だから、そういうのはずるいわ」
「なにが?」
「わからないならわからないままでいて」
好意を全面に押し出しながら甘く囁かれれば、ティアリーゼの心も揺らいでしまう。
キスはそう頻繁にするものではないし、そんな風に口にして求め合うのも恥ずかしいものだ、と思っているのだが。
「目、つぶって」
「なぜ?」
「言う通りにしてくれないならキスしてあげない」
「…………それは困る」
きゅ、とシュクルが目を閉じる。
その素直さを微笑ましく思いながら、その肩に手を添えた。
いつもティアリーゼはそうして背伸びする。そうでないと長身のシュクルに届かない。
(舐められないようにしないと)
隙あらばおかしなキスをしたがるシュクルを警戒しつつ、ゆっくり唇を重ねる。
ぱたぱたと聞こえた音は、シュクルが尻尾で床を叩いた音だろう。
「……興奮する」
「私に言う分には構わないけど、他では言わないでね。なにかと思われるから」
「わからない」
「あなたにも恥という概念があればいいんだけど」
「ある。初めて尾に触れたいと言われたときは照れた」
(ああ、そういえば……)
顔を押さえていたのを思い出す。
あの手の内側で、シュクルの顔が赤く染まっていたとはとても思えなかった。
「ちゃんとキスしたわ。だからいいって言ってくれるわね?」
「舐めたい」
「だめ」
「…………行くなと言いたい」
「約束を破るなら怒るわよ」
「それは嫌だな」
しゅう、とシュクルが喉を鳴らす。
その喉を撫でると、甘えるように顔をすり寄せてきた。
ついでに頬と髪とを撫でてから、一応許可を得たということで出掛ける準備に向かう。




