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あれから、シュクルはあの手この手でティアリーゼにキスをしようとしてきた。
もはや恒例となった添い寝のときも、うっかり向き合えばすぐ唇を奪われる。
おかげで最近、ティアリーゼはシュクルに背を向けて寝る羽目になっていた。それはそれで構わないらしく、後ろから抱き締めて喜ぶのがシュクルなのだが。
(……まったくもう)
シュクルの熱烈すぎる求愛行動をいなしつつ、ティアリーゼは紅茶のカップを口に運ぶ。
タルツでよく嗜んでいた紅茶とは味が違っていた。こちらで飲む紅茶はもっと香りが強く、味にも癖がある。今日ティアリーゼが飲んでいるのは、舌先にぴりっとした刺激を感じる、やはり飲み慣れない変わったものだった。
だが、目の前のシュクルは特に気にした様子なく飲んでいる。
それを盗み見ながら、ふう、と息を吐いた。
先日からティアリーゼはシュクルと食事を共にするようになった。
ティアリーゼをおいしそうに見える、といった発言から若干不安を抱いていたものの、用意された食事はごくごく普通のもの。普段からティアリーゼに供されていたものとそう変わらない。
違うのは量だろうか。シュクルは細身の割によく食べる。
そしてここ何日かで気付いたのは、どうやら熱いものを好むということだった。
今も湯気の立つ紅茶を冷ましもせずにお代わりしている。
(前より、ちょっとだけシュクルのことがわかるようになってよかったわ。こうしてみると、人間と本当になにも変わらない……)
「…………私になにか話でも?」
「え?」
急にシュクルが口を開いたことで、ぎくりとしてしまう。
「どうして?」
「ずっと見ている。なにか言いたいことがあって、私を見ているのかと思った」
「あー……ううん、違うの。いろいろ考えていただけよ」
「いろいろ」
「私がこうやってあなたのことを知っていくように、他の人間もあなたたち仲間のことを知っていけたらいいのにって」
「なぜ?」
「そうしたら、一緒に共存できるわ。この間見たような狩りだってなくなるでしょう」
「……そうだろうか。人間は欲深い。たとえどう世界が変わろうと、翼狩りは消えないと思う」
「ひとつでも減らせるなら、って思わない?」
「そういうことなら理解できる。私も不必要に人間を憎みたくはない」
「私もあなたにそういう感情を知ってほしくないわ」
「もう知っている」
「……説明が難しいわね」
ティアリーゼにとってシュクルは純粋な人だった。いつも楽しく尻尾を振っていてほしいし、できれば笑顔を見てみたい。そのためには負の感情からなるべく遠ざける必要があった。
どうすればいいのか――。
そう考えて、ティアリーゼは息を吐く。
「……結局、こういうことばっかり考えている気がするわ」
「我々と人間のことを言っているのか」
「ええ。なにも考えずに、その……あなたといられればそれでいいんだって思っていたんだけど」
「それのなにがいけない?」
「いけなくないわ。ただ、生きづらい性格なのねって自分に思っているだけ」
「わからない」
「そうね、私にもよくわからないかも」
(好きだと思える人と一緒にいるだけで幸せになれるならよかった。……でも私は自分で自分の役目を探してしまう。今まで、役目に縛り付けられて生きてきたから)
もう、ティアリーゼは勇者という役目の呪縛から解き放たれている。他でもないシュクルがそうしてくれた。
なんとも面倒な性格だと思いながら、ティアリーゼはそんな自分を捨てきれない。
「この間の亜人狩り……翼狩りを見たから余計に考えたくなるのかしら」
「困ったときは私に言えばいい。力になる」
「ありがとう。前々から思っていたけど、あなたって優しいわよね」
「お前を好きだと思っているから」
「好きじゃなかったら力にならない?」
「そもそも、一緒に菓子を食べない」
さく、とシュクルが焼き菓子をかじる。
ティアリーゼの作った、タルツの伝統的な菓子だった。
「おいしい?」
「お前の次に」
「……私っておいしいの?」
「とても。興奮する」
「えっ」
「違うか? 嬉しくなる? 幸せ?」
「なんとなく伝わるから言い換えなくて平気よ」
(前よりよく喋るようになった気がする。たくさん話すから、会話の仕方を覚えたのかしら?)
「キッカさんがいつもここにいてくれたらいいのにね。そうしたらあなたも、言葉に悩まないでいられたかもしれないわ」
「西を守る魔王がいなくなる。それは人間にとってもいいことではない」
「残念ね」
ティアリーゼはキッカほどお喋りではないし、会話をひたすら楽しむような性格でもない。
同じ年頃の娘たちは違うのだろう。流行しているドレスや装飾品、気になる異性の話で盛り上がり、なにを話そうか悩むことなどきっとない。
そういったものとは縁遠かったティアリーゼだが、たとえ普通の姫らしく育てられていたとしても、シュクルとそんな話で盛り上がるようには思えなかった。
それでも、なるべくシュクルと会話の時間を取ろうと気を付けている。
勤勉なのか、単に好奇心旺盛なのか――ティアリーゼは後者の方だろうと思っている――シュクルは人の会話から学習することを好んだ。
おとなしく話を聞いていたかと思えば、急に喋りだしたり、だいぶ慣れてきたティアリーゼもまだシュクルの『変わり者』の部分を把握しきれていない。
(シュクルが『普通』になったらそれはそれで違う気がするわね)
ちょっぴりぼんやりしていて、虫や鳥を目で追うのが好きで。ティアリーゼを見ると、表情を変えずに尻尾をぱたぱた振るシュクル。
最近はキスを覚えたせいでやや困る言動も増えたが、ティアリーゼはそんなシュクルが好きだった。
(かわいい……なんて魔王に言うのはおかしいんだろうけれど)
「また、私を見ている」
「あなたのことを考えていたの」
「私もいつもお前のことを考えている」
「じゃあ、私たち同じね」
「いかにも」
くすりと笑ったティアリーゼにシュクルがつられることはなかった。
代わりにぱたりと尻尾が床を叩く。
(同じことを考え合えるのよね。人間と亜人は)
再びそこに考えを戻し、さくさく菓子を食べるシュクルを見つめる。
人々の恐れる魔王がこんなにもおとなしい人だということを、人間たちに広めて回りたかった。




