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王の間にはティアリーゼの父であるタルツ王が座していた。
他に人の姿はなく、よほど重要な話があるのだろうと察する。
(……ついに旅立つ日が来るのかしら)
そんな期待と不安を胸に、父の前に膝をつく。
「ティアリーゼ、参りました。お話というのは……?」
「実はな。また亜人によってひとつ村が滅んだという情報が入った」
「また……!」
父にこんな話をされるのは初めてではない。
ぎり、と唇を噛み、ティアリーゼは手を握り締める。
「これも魔王が今もこの大陸を治めているせいだろう。人はいつになっても虐げられ続ける。いずれこの国に被害が及ぶのは間違いない」
「でしたらお父様、私を……今度こそ勇者として送り出してください」
「ティアリーゼ……」
「このために私がいるのではないのですか。人の手にレセントを取り戻すために……!」
「……そうだな。再三、お前には聞かせてきたと思うが」
国王が立ち上がる。
そして、ティアリーゼの前に屈んだ。
「かつて我が一族はこの大陸を治めていた。それを奪っていったのがかの魔王だ。その瞬間よりレセントは亜人の手に落ち、人は隷属することとなった」
「……はい」
「今こそこの大陸を取り戻すべきだと、本当に思うか?」
「はい……!」
深く頷いて答える。
まっすぐ見つめた先で、父王は苦い笑みを浮かべていた。
「姫であるお前にこのような責務を果たさせるのは辛い。だが、わかってくれるな」
「もちろんです。これが私の役目ですから」
(魔王を倒す勇者として生を受けた。……それ以外に私の存在価値なんて)
ほの暗い思いは胸に隠しておく。
父の安心しきった笑みは嬉しくもあり、哀しくもあった。
数日後、ティアリーゼはついに勇者として旅立ちの日を迎えた。
供として集まった仲間の数はたった三人。
いずれも戦士とは呼ぶにはいささか疑問が残る面々だったが、一人で旅路を行くよりはよほどいい。
(不安になって思ってはだめ。……勇者がそんなことを考えるなんて許されることじゃない)
「きっと険しい旅になると思います。どうぞよろしくお願いしますね」
「こちらこそ、ティアリーゼ様」
仲間たちはあまりティアリーゼに踏み込もうとしていないようだった。
王族だからかもしれないし、勇者だからかもしれない。その真意をティアリーゼが知ることはないのだろう。
この人数になった理由は既に父王から聞いていた。
ティアリーゼと共に軍を送れば、大規模な戦になってしまう。亜人にも人にも大きな被害が予想できる以上、その手だけは使えない。あくまでティアリーゼの為すことは魔王を倒すことであり、この大陸で生きる者を減らすことではないのだ。
(でも、それでいいのかしら。魔王を倒したから終わり、というわけにはいかないと思うけれど……)
やはり不安が滲む。
考えるべきことは多くあるはずなのに、そのどれもに解決方法が提示されていない。
(……今更どうしようもないわ。私は私のするべきことをするだけ)
ティアリーゼの役目は勇者として魔王を滅ぼすこと。
それ以上のことは、今は考えない。