7
シュクルは振り返ることなくまっすぐ城へ戻った。
トトに事態を告げ、すぐ対処に当たらせる。
自分のするべきことを見つけられずに立ち尽くすティアリーゼは、ただ、ことの成り行きを見守るだけ。
シュクルがティアリーゼの真っ青な顔色に気付くまで、少し時間がかかった。
「ティアリーゼ」
「あの人を置いて来てしまったわ……」
「なぜ、震えている?」
ティアリーゼ自身、言われるまで自分が震えていることに気付かなかった。
シュクルがそっと肩を抱き寄せ、バルコニーに連れて行く。
外へ出ると、出掛けたときと変わらない晴天が迎えてくれた。
しかし、気分が晴れるはずがない。
「キッカさんは大丈夫なの? 本当に一人にしてしまってよかったの? 私だって戦えるのに……」
「いない方がよかった。これが正しい」
「でもあんなに人がいたのよ。もしなにかあったら……」
「人間を引き裂くのは難しくない。私たちにとっては」
荒れ狂うティアリーゼの感情を受けても、シュクルはいつも通り淡々としていた。友人を敵の中に一人置いてきたとは思えない。
「ああいうことはよくある。クゥクゥを怒らせなければ、もう少し穏便に解決した」
「……怒った原因は、あの人たちが鳥の女性を連れて行こうとしていたから?」
「いかにも。クゥクゥは翼を持つ者の味方だ」
「だからって、たった一人でなんて」
「すぐ帰ってくる。トトも向かった」
そう言ったシュクルが空を見上げる。
――蒼穹に金の鷹が舞っていた。
「あ……!」
「早い」
呟いたシュクルの声が少し嬉しそうだったことにほっとする。
それでもまだ心配は拭えず、ティアリーゼはその手を軽く握った。
そこに鷹が下りてくる。
翼をはためかせると、立っていられなくなるほどの風圧がティアリーゼを襲った。
そっと、シュクルがその風から守ってくれる。
「っ……」
ティアリーゼは思わず手で顔を覆った。
やがて風が止んだ頃に、恐る恐る顔を上げる。
そこには見慣れた人影があった。
「よう、ただいま」
「おかえり」
キッカに向かってシュクルが真面目に言う。
「人間は?」
「蹴散らしてきた」
「キッカさん!」
駆け寄ったティアリーゼを見て、キッカは驚いたようだった。
ぎょっとしたように身を引き、戸惑った様子でティアリーゼとシュクルとを交互に見る。
「あんた、なんだってそんなに青くなってるんだ。シュシュにちゃんと守ってもらったんだろ?」
「ティアリーゼはクゥクゥを心配していた」
「ああ、なるほど……って、なんで?」
「わからない」
「もしかしてお前、俺がなんなのか言ってないわけ?」
「私の友達」
「そうじゃなくてさ。金鷹の魔王だって教えた?」
「……えっ?」
「……おい、言ってねぇのかよ」
硬直したティアリーゼに向かって、キッカは仰々しくお辞儀をする。
「西の砂漠地帯を治める金鷹の魔王こと、キッカ・クゥクゥだ。改めて、よろしく」
「あなたも……魔王……?」
「そ。知らなかったんなら、助けなきゃーって心配すんのもしょうがねぇわな」
「そうだろうか」
「そういうもんだよ、たぶん」
(金鷹の魔王……。通り名だけは聞いたことがあるけど、まさかキッカさんが……)
「よかった」
ぽつ、とシュクルが言う。あまり前後の繋がりがないせいで、キッカもティアリーゼもなんのことを言っているのか読み取れなかった。
「よかったって、なにがだよ?」
「無事に戻ってきたから安心した」
「……へえ、お前も心配してたんだ?」
からかうように言うと、キッカは声を上げて笑った。
シュクルの肩に手を乗せてから、思い切りその髪を撫で回す。
「西の魔王を見くびってもらっちゃ困るぜ」
「もし、なにかあったら私は人間を滅ぼしていたかもしれない」
「おいおい」
(……全然そんな素振りを見せなかったのに)
ティアリーゼ自身、突然心中を明かし始めたシュクルに戸惑う。
「クゥクゥのことは好きだ。だから、傷付くところは見たくない」
「はいはい。ありがとな」
「ティアリーゼのときもそうだった」
「……私?」
いきなり名を出され、やはりティアリーゼは戸惑った。
「人間に傷付けられたとき。滅ぼしてもいいと思った」
(あ……)
シュクルが言っているのは、本当に出会いたての頃のこと。
ティアリーゼは勇者だと言われていたが、実際は魔王への供物だった。それを知ったとき、シュクルはこう言ったのだ。
裏切った人間を殺してもいい。国を滅ぼす方がいいのならそれでも、と。




