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 シュクルは振り返ることなくまっすぐ城へ戻った。

 トトに事態を告げ、すぐ対処に当たらせる。

 自分のするべきことを見つけられずに立ち尽くすティアリーゼは、ただ、ことの成り行きを見守るだけ。

 シュクルがティアリーゼの真っ青な顔色に気付くまで、少し時間がかかった。


「ティアリーゼ」

「あの人を置いて来てしまったわ……」

「なぜ、震えている?」


 ティアリーゼ自身、言われるまで自分が震えていることに気付かなかった。

 シュクルがそっと肩を抱き寄せ、バルコニーに連れて行く。

 外へ出ると、出掛けたときと変わらない晴天が迎えてくれた。

 しかし、気分が晴れるはずがない。


「キッカさんは大丈夫なの? 本当に一人にしてしまってよかったの? 私だって戦えるのに……」

「いない方がよかった。これが正しい」

「でもあんなに人がいたのよ。もしなにかあったら……」

「人間を引き裂くのは難しくない。私たちにとっては」


 荒れ狂うティアリーゼの感情を受けても、シュクルはいつも通り淡々としていた。友人を敵の中に一人置いてきたとは思えない。


「ああいうことはよくある。クゥクゥを怒らせなければ、もう少し穏便に解決した」

「……怒った原因は、あの人たちが鳥の女性を連れて行こうとしていたから?」

「いかにも。クゥクゥは翼を持つ者の味方だ」

「だからって、たった一人でなんて」

「すぐ帰ってくる。トトも向かった」


 そう言ったシュクルが空を見上げる。

 ――蒼穹に金の鷹が舞っていた。


「あ……!」

「早い」


 呟いたシュクルの声が少し嬉しそうだったことにほっとする。

 それでもまだ心配は拭えず、ティアリーゼはその手を軽く握った。

 そこに鷹が下りてくる。

 翼をはためかせると、立っていられなくなるほどの風圧がティアリーゼを襲った。

 そっと、シュクルがその風から守ってくれる。


「っ……」


 ティアリーゼは思わず手で顔を覆った。

 やがて風が止んだ頃に、恐る恐る顔を上げる。

 そこには見慣れた人影があった。


「よう、ただいま」

「おかえり」


 キッカに向かってシュクルが真面目に言う。


「人間は?」

「蹴散らしてきた」

「キッカさん!」


 駆け寄ったティアリーゼを見て、キッカは驚いたようだった。

 ぎょっとしたように身を引き、戸惑った様子でティアリーゼとシュクルとを交互に見る。


「あんた、なんだってそんなに青くなってるんだ。シュシュにちゃんと守ってもらったんだろ?」

「ティアリーゼはクゥクゥを心配していた」

「ああ、なるほど……って、なんで?」

「わからない」

「もしかしてお前、俺がなんなのか言ってないわけ?」

「私の友達」

「そうじゃなくてさ。金鷹の魔王だって教えた?」

「……えっ?」

「……おい、言ってねぇのかよ」


 硬直したティアリーゼに向かって、キッカは仰々しくお辞儀をする。


「西の砂漠地帯を治める金鷹の魔王こと、キッカ・クゥクゥだ。改めて、よろしく」

「あなたも……魔王……?」

「そ。知らなかったんなら、助けなきゃーって心配すんのもしょうがねぇわな」

「そうだろうか」

「そういうもんだよ、たぶん」


(金鷹の魔王……。通り名だけは聞いたことがあるけど、まさかキッカさんが……)


「よかった」


 ぽつ、とシュクルが言う。あまり前後の繋がりがないせいで、キッカもティアリーゼもなんのことを言っているのか読み取れなかった。


「よかったって、なにがだよ?」

「無事に戻ってきたから安心した」

「……へえ、お前も心配してたんだ?」


 からかうように言うと、キッカは声を上げて笑った。

 シュクルの肩に手を乗せてから、思い切りその髪を撫で回す。


「西の魔王を見くびってもらっちゃ困るぜ」

「もし、なにかあったら私は人間を滅ぼしていたかもしれない」

「おいおい」


(……全然そんな素振りを見せなかったのに)


 ティアリーゼ自身、突然心中を明かし始めたシュクルに戸惑う。


「クゥクゥのことは好きだ。だから、傷付くところは見たくない」

「はいはい。ありがとな」

「ティアリーゼのときもそうだった」

「……私?」


 いきなり名を出され、やはりティアリーゼは戸惑った。


「人間に傷付けられたとき。滅ぼしてもいいと思った」


(あ……)


 シュクルが言っているのは、本当に出会いたての頃のこと。

 ティアリーゼは勇者だと言われていたが、実際は魔王への供物だった。それを知ったとき、シュクルはこう言ったのだ。

 裏切った人間を殺してもいい。国を滅ぼす方がいいのならそれでも、と。

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