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「ここで寝たいならじっとしていて」

「だめなのか」

「手を握るだけならいいわ」

「これは?」


 身じろぎしたかと思うと、シュクルはティアリーゼを抱き締めた。

 力を入れないようにしているのは伝わってくる。

 壊れ物を扱うのと同じく、大切に腕の中に閉じ込めていた。


(こ……恋人って落ち着かない……!)


「だめならやめる」

「う、ううん、大丈夫……」


(……失敗したわ。大丈夫なんて……そんなことないのに)


「……安心した」


 すう、とシュクルの呼吸がすぐ側で聞こえた。

 たったそれだけのことにも緊張してしまい、ティアリーゼは顔をうつむかせる。


(じゃれてるだけ、じゃれてるだけ……)


 そう思おうとしても、今は難しい。

 シュクルはとてもかわいらしい人で、それこそ愛玩動物のような言動でティアリーゼにまとわりついてくる。

 だが、もうティアリーゼはシュクルを異性だと認識してしまった。

 自分を求めてくる男だ、と。


「ときに、ティアリーゼ」

「な、なんでしょう」

「人間の繁殖期はいつだ」

「は……っ、は、はんしょくき」

「待っている」

「まままま待たなくていいから」

「なぜ? 私は今、繁殖期にある気がする」

「っ……!?」


 シュクルがティアリーゼに身体をすり寄せる。

 なんだかとてつもなく危険な気配を感じ、なるべくその身体から離れようとした。

 しかし、既にティアリーゼはシュクルの腕に捉えられている。そう簡単には逃がしてもらえない。


「……ティアリーゼ」

「まだ早いわ、うん、まだ早い……!」

「なにが? わからない」

「心の準備が必要なの。そのために恋人になったのよ?」

「なにになれば許される? もう恋人はやめたい」

「そうしたら他人になっちゃうわ。添い寝もしなくなるの」

「…………困る」

「でしょう?」

「やめておく。まだ早い」

「そう、まだ早いの」


(……一応、ごめんなさいって言っておくわ)


 ティアリーゼの言い分を聞き入れてくれたことにはほっとする。

 とはいえ、こんな風に何度もごまかし続けるのは厳しい。


「……ごめんね」

「なにを謝っているのかわからない」

「あなたの求めていることに、まだ応えられないから……」

「まだならいい。いつまででも待てる」


 囁いて、シュクルはまたティアリーゼを抱き寄せる。


「お前に会うまで、四百年待てた」


(……熱烈よね、本当に)


 シュクルがこうだから、ティアリーゼも好きになってしまった。

 四百年、一人ぼっちだった亜人の魔王。人間を傷付け襲うどころか、ずっと寂しく生きてきただけ。

 ただ触れただけでこうまで懐かれたことにはもう驚かない。


「……私、あなたに出会うために勇者として育てられたのかもしれないわ」

「難しい。勇者として育てられたのは出会うためでなく、殺すためだ」

「そうだけど、そうじゃないの」


(供物にしてくれてありがとうって、この間言っておけばよかった)


 ティアリーゼもシュクルを抱き締める。

 もっとシュクルが上手に気持ちを話せるようになったら。そしてティアリーゼがその気持ちを恥ずかしがらずに受け止められるようになったら。

 そのときは改めて、この先のことを考えようと思った。

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