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夜、ティアリーゼはシュクルに連れられて外へ出た。
向かったのは城の裏手にある小高い山。そう険しい道ではないが、さすがに夜中ともなれば視界が悪い。
さっさと一人で歩いて行ってしまうシュクルをなんとか追いかけると、やがて少し開けた場所に出た。
木々に囲まれるようにして存在する、ぽっかりと空いた空間。
明らかに人の手が加わったものだろうと思われるそこには、巨大な石碑がひとつ。
そこに近付いて、ティアリーゼは足を止めた。
(これ……ただの石碑じゃない。……墓標だわ)
同じく墓標の前に立ったシュクルがティアリーゼを見下ろす。
その顔には相変わらず表情らしい表情がなかった。
「……ここはお墓よね?」
「いかにも」
「あなたの……ご家族の?」
シュクルは答えない。
代わりに、墓標に手を滑らせた。
「そう呼ぶものだとは思う」
「……どういうこと?」
「私はあまりそうと認められていなかった」
ティアリーゼには、なぜだかシュクルがとても寂しそうに見えた。
声色も表情も変わらないのにそう感じるのは、よく動く尻尾が今はおとなしいからなのだろう。
そっと近付いてシュクルの手に触れる。
やはりシュクルは反応しない。
「あなたの言葉でいいから、話してくれる?」
「そのためにお前を連れて来た」
シュクルの相手がなぜ人間でなければならないのか。
その答えが今、明かされようとしていた。
ティアリーゼはシュクルの手を引くと、墓標を囲むように並んだ石段に腰を下ろした。
もしかしたら不作法かもしれないと思いはしたが、今夜は長く過ごすことになりそうだと判断し、許してもらうことにする。
シュクルもおとなしくティアリーゼの隣に座った。
視線だけは墓標に向けたまま、ぽつぽつと語りだす。
「ここに血族の亡骸はない。父がすべて食らってしまった」
「……え」
「残ったのは私だけだ。……残されたと言う方が近いか」
ぱたり、と尻尾が動く。
「……私は生まれ落ちたときから不完全だった。柔らかい鱗と陽の光に弱い身体を持ち、兄や父たちと同じようには過ごせなかった。だから、存在しないものとして扱われた。次代の魔王となる可能性どころか、満足に成体となれる可能性さえ低かったから」
「……それなのにあなたはここにいて、ご家族はいないのね」
「兄たちが強い個体だったからだ」
答えにはなっていない。が、シュクルの中では繋がっているのだろう。
ティアリーゼがいまいち理解できていないことに気付いたらしく、自分から補足を入れてくる。
「兄たちは強かった。父は嫉妬した」
「……喧嘩でもしたの?」
「親が子を食い殺すことを喧嘩だと言うなら、今後は喧嘩と説明することにする」
「…………広義の意味ではそうなのかしらね」
(お父さんがシュクルのお兄さんたちの強さに嫉妬して、食べてしまったってことでいいのかしら……。でも、親子でそんな……)
「お母様はどうしていたの?」
「狂った。息子を失った衝撃で。……と、聞いている」
「……聞いている?」
「私はよくわからない。地下にいた」
「どうして、地下に」
「存在してはいけないから」
シュクルはただ、事実を話しているだけ。
そうとわかっていてもティアリーゼの胸が痛む。
「先に言っておくけど、私はあなたがいてくれてよかったと思っているわ」
返事の代わりに尻尾が跳ねる。
ゆるりとティアリーゼに近付いたかと思うと、すり寄って甘え始めた。
肝心のシュクル本人はなんの感情も顔に浮かべていない。
「二人は夫婦喧嘩をした。そして、お互いに命を落とした」
(さっそく喧嘩って説明するのね……。……兄弟どころか、お母様までお父様に殺されるなんて)
「私は存在しないものだから食らわれなかった。だから残った。まともに血を継ぐ力がなくとも」
「……それが、人間としか子供を作れないってことの真相?」
「いかにも」
「…………ひどいことを聞いているんだとしたらごめんなさい。あんまり会話が得意じゃないのって、もしかして……」
「そもそもその経験が少ないからだと思う。私が表へ出たのは最近のことだから」
「そう……」
地下にいた、という言葉の真意を深めるつもりはなかった。
子供のシュクルが自ら望んで表に出てこなかったとはとても思えない。恐らくは家族の誰かか、あるいは周りの人間にそうするよう言われたのだ。
端的な言葉ながらも懸命に伝えようとするシュクルの事実を、ティアリーゼは頭の中でうまくまとめる。
(人間としか子供を作れないのは、亜人として不完全に生まれてしまったから。……弱い、とは思えないけれど)
「そういえばあなた、前に自分を雛だって言っていたわね」
「正確には私の知る友人の言葉だが」
「……どうしてそう言ったのか、わかる気がするわ」
ティアリーゼは手を伸ばしてシュクルを抱き締める。
長身はあっさり腕の中に収まった。
「本当に子供だったのね。人とまともに話さないまま、四百年生きてきたなんて」
「今は成体だ」
「……心の話をしているのよ」
(だからこの人は触れられただけで懐いてきたんだわ。……誰もそんな風にしてくれなかったから)
「……お前は私に触れる」
ティアリーゼの心を読んだかのように、小さな呟きが落ちた。
細い腕の中で首を傾げると、シュクルは目を細める。
「お前だけだ」
「……うん」
「…………嬉しい」
たった一言がティアリーゼの胸を締め付ける。
「これはのろけと言うらしい。先日、叱られた」
「誰に? トトさん?」
「ギィ」
「……どちら様かしら」
「黒いの。……よく叱られる」
しゅう、と息が漏れるような音が聞こえた。
ティアリーゼの腕の中で、シュクルが喉を鳴らしている。
今までそれといった表情を浮かべていなかったくせに、顔には安堵が広がっていた。
「私も触れてみたい気がする」
「……私に?」
「いかにも」
「いつも好きなようにしていなかったかしら」
「気を付けていた」
顔を上げたシュクルが、恐る恐るティアリーゼの頬に触れる。
「殺してしまいそうで」
「……大丈夫よ」
「私もそう思う。……この身は弱いから」
矛盾しているようで、理解できる言葉だった。
本来ならばティアリーゼなど簡単にどうにかできる程度の力を持った種族なのだろう。だが、シュクルは不完全で弱い。魔王と呼ばれてはいても、それだけの力がないのだ。
そう考え、ティアリーゼは自分の両手を広げてみせる。
「痛かったら痛いと言うから、私がしたように抱き締めてみて」




