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 ――キン、と鋭い金属音が中庭に響き渡った。

それと同時に、ティアリーゼはぱっと飛び退る。


「ごめんなさい、お兄様。大丈夫でしたか?」

「……ちっ」


 ティアリーゼが差し出した手を、兄のエドワードは取らなかった。

 慣れたこととはいえ、その行為はティアリーゼの胸に小さな痛みを残す。


「相変わらずですね、ティアリーゼ様」


 端で見守っていたレレンがいまいち反応に困る言葉を告げる。

 昨日も言われた言葉にどう返事をしていいか分からず、結局ティアリーゼはなにも答えずに済ませた。

 最初はレレンに剣の指導を受けていた。

 たまたま通りがかった兄の姿を見つけ、練習試合を頼んだ結果がこれだ。


「あの、私……お兄様に怪我をさせたかったわけじゃなくて」

「うるさいな。いちいち言わなくてもわかってる」

「……本当にごめんなさい」


 うなだれたティアリーゼはその場に立ち尽くす。

 兄は手を借りずに自身の力で立ち上がった。


「本当に相変わらずだな、ティアリーゼ。女のくせに男顔負けに剣を振るう。どこの国を探してもお前みたいな姫はいないだろうな」

「それは……私はただの姫ではいられませんから。勇者として、いずれ魔王を倒す使命を」

「はっ、馬鹿な女だ。まぁ、嫁の貰い手に悩まないで済むのはありがたい話だが」

「……そうかもしれませんね」


 ティアリーゼの表情に暗いものが混ざっても、エドワードは気にも留めない。

 むしろ、そんな妹に冷たい言葉を投げかけて溜飲を下げている。


「間違って人の身に生まれた化け物なんじゃないのか?」

「お兄様……」

「お前が女でよかった。この国の王が化け物では困る。父上もそう思っているさ」

「……そう、かもしれません」


 奇しくも先ほどと同じ言葉を返してしまう。

 いつもティアリーゼは投げつけられる侮辱を受け入れていた。

 勇者に選ばれた妹とそうでなかった兄。人がそれをなんと言い続けていたのか知っている。


「だからこそ、お兄様がいてよかったです。この国を治めるべき次代の王として、誰よりもふさわしい方ですから」


(本当に心からそう思ってる。……お兄様は嫌味だと言うけれど)


 嫌な沈黙が下りた。

 空気のように見守っていたレレンも、なにも言ってくれない。

 この場をより冷やすような風が吹き抜けた後、不意に足音が近付いてきた。


「姫様、姫様はいらっしゃいますか?」

「私?」


 息を切らせて駆けてきたメイドに応える。


(お兄様には悪いけど……助かったわ。このまま気まずいのは嫌だもの)


「なにかあったの?」

「国王陛下がお呼びです。すぐ王の間に来るように、と……」

「わかったわ」


 頷いて、ティアリーゼは持っていた剣をレレンに渡す。


「お父様のところに行ってくるわ。これ、しまっておいてくれる?」

「他人に剣を預けるなと言いたいところですが、今回は仕方がないですね」

「よろしくね。お兄様も鍛錬に付き合ってくれてありが――」


 ティアリーゼがエドワードに礼を言おうとしたときにはもう、その姿はなかった。

 父に呼ばれたのはティアリーゼだけ。

 それが兄の心にどんな感情を生み出したのか、想像に難くない。


(……私はお兄様の方がこの国にとって大切だと思うわ)


 心の中の思いをどんなに兄に伝えても通じることはない。

 ティアリーゼは勇者であっても、姫ではない。周囲がそう呼ぼうとも望まれているのは姫としての生き方ではなかった。


(私は、勇者なの)


 ティアリーゼとして求められたことが今までに何度あっただろうか。

 そう考えてすぐに嫌な思いを振り払う。

 今は余計なことに意識を奪われている場合ではなかった。

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