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極上のベルベットを撫でるような、そんな穏やかで柔らかい声が響いた。
五人の魔王たちで最も年長者の『紅狐の魔王』だった。名をマロウと言う。
話では万を超える年数を生きているとされるが、こうして人の姿をしているときはそう見えない。落ち着いた雰囲気から年上らしさは窺えるが、見た目だけは若かった。
「また年寄りくさいと言われても知らないよ。二人を子供だと言うなら、君も大人になりなさい」
「マロウは大人っつーより爺ちゃんだよな」
「キッカ、人の話にくちばしを突っ込むのはやめるよう言わなかったかな」
「忘れちまったよ。俺、鳥頭だし。な、シュシュ」
「私に振らないでくれ」
「……くだらない」
ふい、とグウェンは背を向けて部屋の奥に陣取った。
円卓の椅子に座らないのは、せめてもの反抗だろう。
それを紅狐のマロウは苦笑して見守った。
「元気にしていたかい、シュクル。若いのに君も大変だね」
「それほどでもない。そちらも先年の水害で苦労したと聞いた」
「ああ、あれか」
マロウの治める地は複数の島々からなる南の国々。海に囲まれた地は問題も多く、特に昨年は大嵐でいくつもの島が沈んだという話だった。
「おかげさまでどうにかなったよ。ほら、うちは人間と我々の間に境目がないものだから、皆、協力し合うことに抵抗がない。困ったときはお互い様というものだね」
「わからない。先日、人間が我々の巣の一部を襲って回った」
「シュシュ、また会話飛んでる」
どうしても黙っていられないキッカがやはり口を――くちばしを突っ込んでくる。
そこに、だん、と鈍い音が響いた。
音の先には、既に椅子に腰を下ろしている魔王が一人。
ここにいる誰よりも人間に近い姿をしたその男はギィ・ナザクと名乗っていた。北の険しい山岳地帯を治めているだけあって、本人の気性も非常に荒い。
今も、久々の再会に話を弾ませていたのが気に入らなかったらしく、いつもするように床を足で踏み叩いたようだった。
「足癖の悪さをなんとかしなさい」
「うるせえんだよ。いつまで茶番続ける気だ、おい」
「……同感だ」
グウェンが乗ったことで、話していた三人は円卓へ向かう。
椅子の数は五つ。ここに五人の魔王がすべて揃った。
「んでさ、シュシュの話。こいつ、人間に襲われたらしいぜ。なのにそいつを嫁にしようとしてるんだってよ。すげー性癖」
「キッカ、少し黙っていなさい」
「俺、喋ってないと死ぬ」
「だったら死ねや、クソガキが」
いまだ魔王たちにも本性を明かさない『黒の魔王』が舌打ちする。
机の上に足をかけるという行儀の悪さに、マロウが眉を寄せた。
しかし既に諦めたのか、止めずにシュクルの方へ目を向ける。
「キッカから少し聞いているけど、人間が勇者というものを送り込んできたそうだね」
「いかにも」
「舐められてんじゃねぇよ。きっちり引き裂いてやったんだろうな?」
「シュシュがそんなことするわけねぇだろ。こんなにいい子なんだぞ」
「ああ?」
「話が脱線する。黙っていろ」
再びギィとキッカが睨み合うのを見て、シュクルは困惑したように首を傾げた。
ぱたり、とその尾が床を叩く。
「勇者と呼ばれていたようだが、勇者ではなかった。ティアリーゼは私への供物らしい」
「供物ぅ? なんじゃそりゃ、人間ってえぐいこと考えるな」
「……それはつまり、君の食事として差し出されたのかな?」
「恐らく」
「え、なに。人間食うの? マズそう」
「クゥクゥ、うるさい」
「うーい」
一応返事はしても、キッカはまだ落ち着きがなかった。まだ話し足りないと思っているのは明確である。
もう一度シュクルはぱたりと尾で床を叩いた。
ティアリーゼを見て喜んでいるときのそれではない。シュクルなりに考え、言葉を選んでいるときの仕草だった。
ずいぶん悩んでいる様子を見て、いくぶん空気を和らげたグウェンが話しかける。
「白蜥、お前は人間をどうしようとしている? 金鷹の話では……つがいにするつもりだとのことだが」
「いかにも」
「正気なのか?」
「狂っているのはあの人間の方だ」
ふ、と笑った声が誰から漏れたのか、四人の魔王たちはすぐに気付かなかった。
ややあって、シュクルのこぼしたものだと気付く。




