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しかし、ティアリーゼの目的は叶わなかった。
一応外には出られている。と言っても、城の庭だが。
晴れた空の眩しさは目に痛いくらいで、吹き抜ける風も心地良い。タルツにはなかった草花や、見たことのない鳥に目を奪われることも何度かあった。
が、ティアリーゼはその場を動けない。
噴水の縁に腰を下ろしたまではよかった。
どこでティアリーゼのことを聞きつけたのか、シュクルが現れたのが運の尽きである。
「……お仕事はいいの?」
「いらない」
部屋では何度も避けられ続けてきた膝枕をついに果たし、シュクルは非常にご機嫌だった。
ゆらゆらと揺れる尻尾がときおりティアリーゼの手を叩く。
「こういうの、あんまり城の人に見られていいものじゃないと思うの。王としての威信に関わったりしない?」
「わからない」
(またそれ……)
「たとえ疎んだとして、レセントの王は私以外たりえない」
そう言ってシュクルは目を閉じる。
それだけ自分に自信がある、という言い方には聞こえなかった。どちらかと言えば、どこか自虐的な。
ティアリーゼは聞くかどうか悩んだ。
だが、正しい言葉が見つからずに諦める。
代わりにまどろんでいるらしいシュクルの頬に触れてみた。
「…………なんだ」
「男の人なのよね、あなた」
「そうだな」
「肌がすべすべで羨ましいなと思ったの」
「そこには鱗がないから」
「鱗のある場所は違うの? 別に尻尾もざらざらはしていなかったと思うけど」
「私もあまり考えたことはない」
「……鱗を触りたいって言ったら、怒る?」
「私に言う分には構わない」
シュクルがゆっくりと身を起こす。
あまり重さを感じさせないその動作は、蛇が首をもたげるときのそれによく似ていた。
やはり人間ではないのだと思いながら、ティアリーゼはシュクルの動きを見守る。
(鱗ってどこにあるのかし――)
「待って!」
「うん?」
咄嗟に止められてよかったと心から思う。
シュクルは外で、しかもティアリーゼの目の前で服を脱ごうとしていた。
「なに考えてるの……!」
「お前の望む通りにしようとした」
「脱がないといけないような場所に鱗があるのね?」
「そう」
「じゃあ脱がないで。鱗に触るのを諦めるから」
「……なぜ?」
見るからにしょんぼりされる。
表情には出さないくせに、雰囲気で訴えてくるのはずるい。ティアリーゼはそっと心の中で思った。
「誰かに見られたらなにかと思われるでしょう」
「子供をつく――」
「それ以上言ったら怒るわよ」
しゅう、と蛇に似た鳴き声がシュクルの喉から漏れる。
「私に触れたいと言ったから」
「脱いでとまでは言ってないの。そんなこと言ったら、私が変態みたいじゃない」
「もとよりお前は狂っている。私に触れたいと言うから」
「……あなたと話している方がおかしくなりそうだわ」
とりあえずシュクルを隣に座らせる。服を脱ぐのは諦めてくれたらしかった。
横に座ったら座ったで、どうしてもティアリーゼにくっついていたいらしく、思い切り寄りかかり始める。
「あのね、あなたを支えられるほど大きくないの。自分が結構大きいって自覚ある?」
「だからこうして過ごしている」
「全然会話になってない」
「お前は私に遠慮がないな」
「あなたがそれを言う?」
「私だから言う」
(もう、どう返したらいいのかわからない)
もし、愛玩動物として飼っている獣が言葉を扱ったらこういう話し方になるのだろう。そう思わずにはいられないほど、シュクルは会話が不自由だった。
「……私が人間だからそういう話し方をしているわけじゃないわよね」
「お前は人によって言葉を変えるのか」
「うーんと……なんて言うのかしら。亜人でしか通じない言葉を、私用に翻訳しようとしてそうなっているのかと思ったの」
「違う。……わかりやすく話せとはよく言われる」
(あ、言われるんだ。やっぱり)
「それなのにそういう感じのまま?」
「言葉を交わさずに過ごしてきた時間が長かった。今は学びの途中だ」
「……どういうこと?」
「私はまだ、雛らしい」
シュクルはティアリーゼがひたすら困惑していることに気付かない。
ティアリーゼもシュクルが本人なりになにかを伝えようとしている気持ちは理解していた。が、何事にも限界というものは存在する。
本格的に困り果てたティアリーゼの肩にシュクルが頭を預けた。
さらり、と長い銀髪がティアリーゼの手に落ちる。
「……だからお前が好きだ」
(どうしてそういう結論になるの)
今回もまたティアリーゼは諦める。
雛だ、という言葉通り、シュクルは子供のように見えた。
本人曰く四百年も生きており、この大陸を治める魔王でもあるのに。
(心からそう思っているのよね、きっと。この人のそういう正直さが憎めないんだわ)
そよ、と風が吹き抜ける。
しばらく二人を静寂が包み込んだ。
なにも話さず、ただ隣り合って寄り添っているだけなのに、不思議なほど心地良い時間。
ティアリーゼはそう感じる自分を受け入れる。




