決壊
さて、まずい事になった。見えかけた戦闘終結が遠のいていく。
いや、というか、それ以前に。
「補給と再編成が間に合ったのは幸いか……」
「レアさん! 大丈夫ですか!?」
「大丈夫じゃないわよ……サイクロプス2を先頭に常連の中型兵器が30以上、バトルドールは大隊規模。後方には1機のヘカトンケイルと複数のタラスクがいて、しかも偵察隊の情報によると更に2個中隊が接近してるみたい。たぶん、付近のAI兵器すべてに招集がかかったんでしょう」
勝ちの目が見えない。
一斉攻撃に備えて集めていた戦力をこの混乱に乗じて急遽ぶつけてきたのだろう、出遅れた部隊があるのはそのためだ。バンカー内は散々たる有様、戦闘隊は本来の指揮系統を失っている上、少なからず疲弊しており、この攻勢を跳ね返す事は不可能だろう。北連軍も戦闘体勢を解いていない、先程の通達は届いた筈だが、漁夫の利を狙っていると思われる。彼らの拠点はよほど平和な場所にあるのだろう、ここがどれだけ激戦区で、今がどれだけ絶望的な状況下にあるかわからないのだ。
「戦力総動員して襲ってくるわよ……先陣を追い払えば諦めるかしら……」
レア中隊に合流すると彼女はやっぱり狼狽えていた、指揮下の兵士は8個小隊104人からややすり減って95人、指揮所代わりにした縦穴式住居にはきっちり9人分の死体袋がある。それ以外には移動式レーダーユニットがあるのみ、状況を打破できそうなものは無い。
「でもどうやって撃退する…? 増援はないわよ…?」
『こちらは北連軍だ! 今すぐ投降しろ! 命だけは保障してやる!』
「壁の内側まで戻って篭城するくらいしか……いやいや、先にヘカトンケイルをどうにかしないとそれも無理だから……」
『こちらはお前達が皆殺しにされるのを眺めるだけでいいんだ! 早く観念した方が身の』
「だあもううっさい!! 威張り散らしたいならそのへんの石にでも語ってなさいよバカ!!」
『な…! な…!?』
「どうしよう……どうしましょうか……」
狼狽えながらも言う事ちゃんと言うレア、レーダーパネルを見たり通信したりうろうろしたり落ち着きが無い。いやバンカーを背後に背負う以上交戦しかないのだが、踏ん切りがつかないようだ。
だが
『撤退だ……』
不意に総隊長の声が聞こえてきた。
「おいガーリー! 何通信機与えてんだ! 黙らせろ!」
『言わせてやれ、どちらにせよだ』
「な……」
『応急処置に間違いは無かった』
ほぼ同時にシオンが合流してくる、服が血まみれだが負傷は無い。彼女は総隊長の具合をよく知っているので、喋れば死ぬと思ったのだろう。
しかし喋らなくとも死ぬなら。
『運び出すべき最優先のものはAGランドグリーズ、これは必ず持っていけ。武器や物資はその後だ、アレとカムパネルラさえ動けばバンカーを失っても身を守れる』
『いやリーダーそれは……』
『敵に預けるだけだ、いずれ取り返せばいい。まずは工場へ、だかそこもすぐ襲撃されるだろう。早急に判断しろ、反撃か、防衛か……ぐ…放棄か……』
『…………』
『頼む……生き延びる事だけ考えるんだ…生きろ……』
『了解……』
『行け……ここまで戦ってきた意味を…………』
総隊長の声はそれきり聞こえなくなった、指揮所はしばし沈黙に包まれ、これ以上何もしていずにいられない、というタイミングで外にいたヒナ、メル、フェルトがおずと覗いてくる。『情報を集める』とティーが口を開いたのはそのすぐ後、続いてシオンが壁をぶん殴り、3人を驚かせ、鈴蘭に手招きしつつ外へ出る。
『初代サイクロプスがものすごい速度で接近してるけどこれは気にしなくていいんだね?』
「問題ありません」
『ならAI本隊の到着予想時間は15分後だ、それまでに北連が動くかどうか』
「もう動いてるわよ、迂回して東門狙いかしら」
「誰かさんが煽るから」
「え? 私?」
外には軽機関銃を装備した四駆があり、運転席にシオン、機関銃をメルが掴み、それ以外の席にヒナ、フェルト、鈴蘭が乗る。
『輸送隊の邪魔をさせる訳にはいかない、少数精鋭で迂回を阻止する。その場で釘付けにしろ、彼らには壁になって貰わないといかんのでね』
「ひどぉい」
『今更かける情けなんぞ1ピコグラムもないわ!』
アンドロイド姉妹は急いで走り去っていく。その先の稜線から4脚三角錐が現れた、付近の部隊が反応するもティーが止め、ツギハギだらけのボディに2人を収納、先行する。
明らかに後付けの武装がゴテゴテ付いていた、脚の間にはサイクロプス2と同じく大砲があり、上部左右にはそれぞれ機関砲が固定装備される。てっぺんにも筒が数本、束ねて上を向いたそれはフレア発射器にも見える。個人携行装備もいくつか積んでいるらしい、ハッチが開いた際にグリップが見えた。
『全部隊へ通達、これより総力を上げて撤退の時間を稼ぐ。遅滞戦闘だ、陣形を整えろ』
「よぉーし! 我々はアホどもに天誅を下しに行く! まずは指揮官だ! 改めて頭抜きに行こうぜ!」
「どうやって!?」
「正面から突っ込む!」
「「ワーーオ!」」
間もなく四駆も始動、
サイクロプスの後を追っていく。




