雷鳴
頭上でヘリコプターの爆音が鳴っている。
「中隊長!」
「どした?」
展開中の部隊の状況確認、撃破数等、報告を聞き終えて屋外に出、ストレッチしながら着陸を眺めていたところ、不意に後ろから声をかけられた。
声のトーンからして敵の襲撃である、緩めていた気を戻す。しかし普段なら続けて聞こえる筈の音、兵士の足音や車両のエンジン音が伴わず、代わりにざわざわと困惑する声がそこかしこで上がる。
「総隊長見ませんでした?」
「朝イチで見たけどそれっきりだね。なに? いないの?」
「1人だけじゃないですよ、総隊の幹部が全員いません、司令部が機能を止めてます」
それはまた穏やかな話ではない、司令部建屋をちらりと見て眉を寄せ、さっきまで仕事をしていた建物へ舞い戻る。内部にはテーブルに広げられた地図と通信機があり、通信機のヘッドギアを頭に着けつつチャンネルを切り替えた。
「門の防衛担当、応答しろ」
『はい』
「今日の出入り記録を教えて欲しい」
『午前5時40分頃にパトロールが出たのが最後です、改めて見れば昨日から帰っていない隊が相当数あります。それとあと数分もすれば工場からの定期便が到着する筈ですが』
「オーケー、輸送隊は壁の外で待機させといて。問題が発生した、誰も壁を通したくない」
神経過敏だろうか、いやこのくらいの方がいいだろう、誰もいない、というのは明らかな異常だ。
これで陸からの出入りは無い、後は空からの出入りだ、さっき降りてきたヘリコプターはエンジンを止め、ヘリポートは静かになっている。
「ヘリポート、応答しろ。…………ヘリポート? どうした?」
なんて、チャンネルを変えて呼びかけたものの、返事が無い。通常であれば数秒経たずに管制員が通信に出て、門番と似たような会話が行われるのだが。送信先を格納庫に切り替えても結果は同じ、メカニックはねーちゃんず含めて誰も応答しなかった。
「確かめに行く、武装して」
壁に立てかけてあったライフルを部下が取る、弾倉装着と初弾装填を行う間にティーも腰にベルトを巻きつけ、片刃剣の鞘とハンドガンのホルスターを取り付けた。ハンドガンはすぐに抜き、スライドを引いて、建物を出る。
ヘリポートはすぐ近くだ、10秒も小走りすれば目に入る。その間出会った兵士全員に戦闘準備と不審者不審物の捜索を指示、さっそくバンカー中が慌て始めた。惜しいのはこの中にサーティエイトがいない点である、いたらいたで急にやかましくなるが、フェルトにどやされるくらいでしかビビるという行為をしないあの連中はこういう場面で滅法強い。まぁ今更悔やんでも仕方ないので、ティー自身でヘリポートに踏み込んだ。
「うわ誰もいない」
格納庫はもぬけの殻、管制塔からも人の気配を感じない。よっぽどの事がなければ常にヘリか車いじってるねーちゃんずの姿すら見えぬとは。
しかし全員でどっか出かけた訳ではなさそうだ、着陸したばかりのヘリコプターはほったらかし、床にはレンチやスパナが転がっている。武器持って集まってきた兵士達に警戒させつつ格納庫へ、人が隠れていそうな物陰をしらみつぶしにしつつ手がかりを探す。
床にゴム片が散らばっていた、ヘリのパッキン等には見えない黄色の硬いゴム、粉々になっており、何らかの原因で破裂したのだろう。何か関係があるのだろうか、ティーには何に使っていたのか検討もつかないが、そこら中にあるから失踪とは無関係な気もする。
「うーん……ちょっと鍵取りに行ってくる」
とりあえず格納庫の奥にある小部屋が施錠されていたので、ここを開けるために合鍵を探そう。とはいえ警察署を走り回ってバルブを回したりメダルを集めたりする訳ではない、司令部に一括保管されている筈だ。この状況下で1人は危険だと部下含む何人かがついてきて、シェルター入口をスルー、司令部建屋へ。
「!」
「どうしました?」
今、誰かに背中を狙われた、気がした。ドアノブに手をかけたままがばりと振り返るも、特に変化は無し。しばらく周りを睨みつけ、屋内に滑り込み、一応鍵を閉めておく。
「見張りも一緒に行方不明?」
「ええ、まず彼がいない事に気付いて、その後に司令部のもぬけの殻が発覚しました」
受付嬢の座るデスクが右に、個人的な依頼等を貼り付ける酒場みたいな掲示板が左にある室内だ、簡単な金庫も置いてあるが、荒らされた形跡は無い。強いて言えば車輪付きのイスがあさってを向いて、床にスティックタイプの電子メモリーが転がっている程度。
ここで戦闘があった様子は無い、しかし不意を突かれて拘束された可能性はある。
『中隊長、こちら東門。輸送隊の車列が中に入る許可を求めています、非常に危険な薬品を運んでいるとか』
「ぬ……仕方ない、不審物の有無を確かめたあと、緊急性の高いものだけ入れていいよ」
ヘッドギアから聞こえてきた声に応答しつつ、ティーは階段を早足に降りた。すぐ正面が会議室、右の通路を進むと司令室があり、左へ行けば簡易キッチンやトイレ、保管庫が並ぶ。用があるのは保管庫だが、まず司令室から扉の解錠操作をしなければならない。よって突き当たりを右へ、不必要に見えるが実は必要なアホほど曲がりくねった廊下を抜け司令室に入り、薄暗かった照明の光量を最大まで上げる。
こちらは何の痕跡も無かった、部屋自体はいつも通りで、ただ人間だけがいない。ひと通りの確認をしたのち管理PCを操作、保管庫を開けた。
『戦闘隊が指示を求めています』
「私に? 他の大隊長とかは?」
『安否が確認できません、全員です』
「なんだとこのやろう……」
その後も少し話を続けると、ティーが指揮を執らなければならなくなった人数は300強、これでも過半数が出払っていて、なんとかならない事もないか、という程度。仕方なし、居残り隊への状況伝達と、外に出ている隊の引き戻し、その他非戦闘員の退避(=行動制限)を続けて命令。やっている間に保管庫まで辿り着いた、壁にかかる大量の鍵から目当ての1本と、他にも必要になりそうな鍵を見繕って鍵束を作成、保管庫を出る。ちらりとキッチンの方を流し見、一応見ておくべきかと逡巡、確認せず階段を駆け上がる。
「お」
地上階まで戻ってくると制服ファッションの赤髪ツインテールがおろおろしていた、左肩は完治し、後ろ腰にはハンドガンが戻っている。まだ無事だったか、ならばよし、両手を広げて彼女に近寄っていく。
「ええとあの…いったい何が起きて……」
「レア! こないだのレポート、小隊長クラスで最優秀だってね!」
「へ…? いやその……まぁ座学だけならあのくらいは……」
「実戦でもすぐ活躍できるって! キミほどの頭脳はそうそういないから! いやーすごいなー!」
「ま……まぁまぁまぁそうでしょうとも、そうでしょうとも!」
「という訳だから、1個中隊の指揮よろしく」
「任せなさいな!」
これでよし。
ふんぞり返るレアの肩を叩いて格納庫へ舞い戻る。




