実技
CQB訓練、屋内など閉所への突入を想定した訓練である、民間人が混ざっているか、人質が存在するパターンが多い。
まず訓練者が全力疾走するコースを用意する、空き家があれば活用するが、今回は鉄パイプとベニヤ板で組んだ仮設コースを使う。コース上には"撃つべき的"と"撃ってはいけない的"が並んでおり、撃つべき的のみをすべて正確に撃ち抜いてゴールする、所要時間が短ければ短いほど良い。こういうものは基本的には突入すべき施設を忠実に再現する事が多い、人質を取ったテロリストをぶちのめす時なんかは渾身の力作が用意され、交渉をのらりくらりと長引かせつつ何度も何度もシュミレーションするのだ。
今回は特にモデルの無い汎用コース、長さ50mでU字形状、ゴールまでには100m走らねばならない。さらに障害物がこれでもかと置かれている上、途中で家屋を通過するので全力疾走も不可能だろう。なのでクリアタイムは平均40秒、最速は今のところ28.6秒のようだ。
細かいルールを確認しよう、タイム計測は笛が鳴ってから4人全員がゴールラインを超えるまで、その間にすべての的を撃たなければならない。的ひとつは2発で撃破、20個あり、取り逃がしは2秒加算、味方の的を撃つと4秒加算となる。全隊で同じ事をやって、最速タイムを出した部隊にはアイスクリーム。
「アイスクリーム…実在していたのか……」
「えっ」
まず牛がいない、いたとしても食肉用で、妊娠させてミルクを取ってしまうと子牛が死ぬ。よしんばミルクを選択してもホルスタインほど美味しくない、バニラが無い、チョコも無い、ミントならあるが。
保冷ボックスにはそのアイスクリームバニラ味が4人分、見せびらかすように入れてある。そんな嗜好品が存在すること自体は知っていたが実物は初めて見た、「そんな貴重品なんです?」などと言う鈴蘭をよそにシオンがアサルトライフル、メルがハンドガン、ヒナとフェルトがサブマシンガンを準備した。普段の装備を投げ捨てたガチモードである、速く走るために予備弾倉すら身につけていない。よって薬室の1発を含めてシオン31発、メル21発、ヒナ16発、フェルト41発。十分すぎる、外さなきゃいいだけだ。
なお、長距離テストでのヒナの成績は1350m、左眼で認識するだけで弾道計算が終わるとはいえ、使用弾薬的にそれ以上は命中率が露骨に下がるらしい。
「現状最速は28.6秒だったか?」
「今24.1になった」
「クソが……」
往復100m、障害物多数、全員が武器を持って的当てしながら、というこのコースでそのタイムは最初から最後まで一切減速しなかったという事に近い。走り抜き地面に転がってゼーハー言ってる野郎どもの装備を見ると全員ハンドガン、ロングマガジン装着、あいつらガチでアイスクリーム取りに来やがった、20代の野郎4人が。果たしてこれは実践的な訓練と呼べるのか、賞品を設ければ盛り上がるという考えは正しかったが、ハンドガンしか持ってない分隊とかいるか? いるか??
「まだだ、なんでもアリなら4人で分担するぞ。フェルトはゴール近く、メル子は反転後すぐまで先行してください。ヒナ先生は私の後ろに、撃ち漏らしのリカバリーをお願いします」
「あ、皆さんも本気出すんですね」
「よし行くぞぉ!!」
「「しゃぁぁ!!」」
工場の時ですらやらなかった本気のウォークライ、係員の誘導に従ってスタートラインに立つ。目標24秒以下、そんでアイスクリームなる食べ物を味わう。
「レディ、ゴーゴーゴーゴー!」
シオンがコース内に1歩踏み出した瞬間、フェルトとメルが的を無視してシオンを追い抜いていった。あっという間に障害物の向こうへ消えていく中、シオンだけがライフルを構え的を狙う。
敵と味方の区別はちゃんと見ればすぐにつく、ゲス顔でライフル持ってるのが敵、叫んだり泣いたりしてるのが味方である。緊張状態の新兵じゃあるまいしこの程度間違えたりしない、スタート地点から見える3枚をきっちり6発でしとめ、ベニヤ板や木箱の障害物群を蛇行で避けつつ疾走、途中の的を片端から撃つ。1枚漏らしてしまったがヒナがちゃんと拾い上げ、50m走りきって8枚、ターン地点の家屋に飛び込む。その頃には後半部分で銃声が始まって、先回り2人の現場到着を伝えてきた。
家屋内には敵が3枚、味方が6枚、人質のイメージと思われる。2枚は簡単に仕留められたのだが、最後の1枚は人質とほぼ重なっており、悪態ついて一時停止、正確に頭部へ2発撃ち込む。閉まっていたドアを蹴り開けて後半部分へ飛び込めばメル、フェルトと合流、「4枚!」「5枚!」との報告を受けた。20枚ぴったりだ、後はゴールするだけ。
「走れーーッ!」
板を避け木箱を飛び越え、ストップウォッチを持つティーの元へ走り込んだ。まずフェルト、次にメルがゴールラインへ到達、一拍遅れてシオンとヒナが飛び込む。計測終了と同時にさっきの部隊よろしく転倒して、息を荒げながら視線だけをティーへ。
「いくつだ!?」
「24.4」
「クソがーーーーッ!!」
コンマ3秒、アイスクリームは野郎共の手中へ。地面をどすどす叩いてる間に全隊のテストが完了した事を総隊長が宣言、サーティエイトが最後だったらしい。息も整わぬうちにトップ3の発表、しっかり2位に入ったが賞品は無しだ。
「あの……」
「すまない…お前にあげるアイスはないんだ……ちょっと待てなんで持ってんの?」
「1位の方がひとつくれて……」
そろそろ歩み寄ってきた鈴蘭、紙パック詰めのバニラアイスを何故か持っていた。視線をずらせば24.1秒の男が1人、露骨に目を逸らした。
「これをみんなで……」
「……いやそれは、あなたが1人で食わなきゃならないものです」
「そんな凝視しながら言われても」
「いやいやしてないから、どうせただのカロリーだから、イコール触手のぶつ切りだから、あんなの食べたくないし」
「食べましょ?」
「ありがとうございます!!!!」




