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1kmを維持せよ2

 彼我の距離1000m、これを保てるかどうかが鍵となる。


 ヴァシリの用いる7.62mm弾は有効射程800m、それよりも遠い距離に届かないとは言わないが、弾丸はライフリングによって得た正しい回転を失い横転を始めるし、重力に負けて落ちていく。さらに彼は完全な生身の人間、強力な反動をもっと強力な人工筋肉で抑えられる訳ではなく、視界の中心に捉えただけでスコープの設定が変わる訳でもない。

 それに引き換えヒナの8.6mm弾は有効射程1500m、魔力貫通弾使用ならもっと延伸する。アトラの25mm弾も素で2000mまで届くので、射距離は長い方がこちらにとって有利なのは間違いない。例え相手がこちらの魔力貫通弾に相当する実包を使ってきても基本は同じだ、魔力充填弾頭は例外無く通常弾より高価であり、1作戦毎のコストを考えると携行弾薬の半分以上を魔力弾にする輩はそう多くない。ヒナの知っている限りはレアだけだ、あやつは全弾が炸裂弾頭だった。

 相手の射程外、かつこちらの射程内を維持しつつ一方的に攻撃する、弾数の少ない魔力弾の使用を強いる。


 それが基本戦術だ、撃ち抜かねばならないのが1000m先で移動するスリムな木製銃床のボルトアクションライフルというのは問題だが、超高速で飛翔する魔力貫通弾なら難易度は下がる。

 だから今考えるべきはあの弾をどう凌ぐか。


「ッ…!」


 こちらとは類似こそすれ異なる技術体系から生まれた弾種だった、魔力貫通弾が青色の光を出し、再加速終了後は発光を止めるのに対し噴出する光はオレンジ、継続して発光する。射出と同時に起動したものの再加速はせず、かといってホーミングも行われず、ただ非常にフラットな、というか完全に真っ直ぐな軌道を描く。風も重力もまったく無視して直進してきたそれはアトラを完璧に捉えており、しかし橙の閃光という視覚的エフェクトを伴っているものだから、いや例え無くても彼女は避けるだろうが、発射から着弾までのおよそ1.2秒の間にアトラはその場から退避していて、弾丸は2人のいる突き出しを通過、そこから500mほどで光を失った。

 およそ1500m、弾道と速度を維持する弾頭らしい、射程内ならスコープの設定を初期化して十字の真ん中に捉えるだけで当たるという事だろう。命名するなら魔力狙撃弾、金属装甲をぶち抜くための加速効果を遠距離射撃に応用しているだけのこちらと違い純粋なスナイパー向け弾頭と言える。


「何それズルい!」


「お前が言うな!」


 要するに弾道計算がまったく必要無いのだ、今は距離があるから視認後回避で十分間に合うが、近付かれればその限りではない。2発目に襲撃されつつヒナの叫びへさらに叫ぶアトラは見ず、先程の射点から30m移動していたヴァシリをスコープ越しに捉え、前進を阻害する位置を狙ってトリガーを絞る。


 まず火薬が爆発、弾頭を銃身へ突入させる。ライフリングに食い込んでスピンを得、マッハ2を超える速度で銃口から飛び出した。

 まだ終わらない、5m飛翔後の再加速が残っている。ロケット花火に似た噴射音と青い閃光を出して倍近くまで速度を持っていく。残光を引いてからは瞬く間である、着弾までコンマ7秒か8秒ほど。基本的には徹甲弾なので弾芯は硬く、岩石の通路に突き刺さってヴァシリに飛び散った破片と雪を浴びせた。彼は直ちに退避、こちらも射撃位置を変える。


『目的を聞か…たまえ』


 今ので殺意が無いのを悟られたか、すべての周波数で無差別に呼びかけてきた。原発からのノイズで音質は酷いものだが、通話はできる。


「無駄な戦いを止める」


『これは? …駄な戦いで…ないのか?』


 今にも落ちそうな吊り橋を走って渡りながら会話を続ける、返答したのはアトラだったが。


「正面衝突よりマシなのは事実だな! 奴らは攻め込まれた時点で自爆すると言っている!」


『それの何がいけな…のかね』


「どうも気付く様子が無いから自分で言うぞ! 私は人間じゃねえ!」


 射点に留まっていたアトラが派手な砲声を鳴らして1発、すぐに後を追ってきた。先に橋を渡り終えたヒナはまた伏射姿勢を取り、相手の姿を探す。

 狙撃弾の閃光が走る、行き先は吊り橋の支柱のようだ。


「2発撃った!」


 自分は狙われていないと安心して閃光の出現元へと照準を向けたのだが、アトラに言われて中断、雪まみれの地面を転がる。着弾より早くアトラが橋を渡りきり、直後に支柱が吹っ飛んで橋が崩落、反撃に榴弾が2発撃ち込まれ、その後にヒナの近くへ通常弾が到達した。

 有効射程の200m外である、にも関わらずヒナが伏射姿勢を取った場所と着弾点は50cmも離れておらず、あれがもう少し右で、2発目の発砲炎に気付かなかったら命中していた。すぐにまた射点を離れる、坂を上がって谷の上層へ。


「距離詰めてきやがるぞ! 何だアイツはバケモノか!?」


 榴弾の爆発炎は彼の背後だった、前進を阻止できていない。坂の中央付近で停止、弾倉交換を行うアトラを先に行かせ、膝をつく。接近しようと通路を走るヴァシリの頭上に氷柱があった、それも大量に。照準をそちらへ、根元を狙って2発撃ち込む。

 氷の塊が降り注ぐ、それによって足を止めさせる。続けてもう1発、彼のライフルを狙って青い閃光を放ったが、当たらない、というか1km先の移動し続けるライフルを持ち主に当てずに撃ち抜くというのに無理がある。せめて動きを止めたい。


「時間稼いどいて!」


 移動再開、坂の頂点でヒナと入れ替わりに射撃姿勢を取るアトラを追い抜きつつ魔力貫通弾の弾倉を外す。それとは別にもうひとつ弾倉を懐から出した。詰まっているのは白い弾頭、撃発以外の発砲音を完全な無音にする魔力静音弾である。

 仁王立ちしたアトラがいつかの鉱山みたく1km挟んで殴り合いを始めた背後、壁際にうずくまって静音弾の弾倉から5発、貫通弾の弾倉からも1発を引き出した。残り4発となった貫通弾の弾倉に静音、静音、静音、貫通、静音、静音の順に詰め直しライフルへ戻す。薬室には貫通弾が装填済みだ、1→2→1→3→4で貫通弾と静音弾が混ざった事になる。そのまんま返しである、これで意表をつく。


「どうすりゃいい!?」


「そのまま!」


 通常弾と狙撃弾の波状攻撃を受ける彼女から少し離れた場所に匍匐前進でこっそり移動して射撃姿勢を取った。アトラの撃ちまくる榴弾でヴァシリがいる場所は絶えず爆発しており、それを縫うようになおも接近を試みていた。


「そういうアンタは!? なんで逃げないの!?」


『雇…れている』


「それだけ!?」


『それ以外…何が必要……かね』


 話しながら1発目を発砲した、貫通弾が派手な音と光のを発して突進、彼を怯ませた。榴弾連射も継続中だ、下手には動けない筈。丁度良く横にあった一般家屋の洞窟に逃げ込もうとしたが、それより早くヒナは2発撃つ。

 照明のスイッチを切り替えるようなカチン、という音がしか出ない弾だ、それでいて弾道特性は通常弾と変わらない。そういえば初めて見せたアトラが目見開いて二度見するレベルの無音っぷりだ、いきなり地面が弾けて、にも関わらず銃声が続かないそれに彼は明らかな混乱を起こした。さらにもう1発貫通弾を追加、打って変わってド派手なエフェクトでようやく後退の強要に成功する。


「撃ち切った!」


 榴弾の嵐が止む、合わせてヒナは移動、登ってきた坂を滑り降りて橋の手前の射点へ。


「ちょっとは自分を持ちなさいよ!」


 そしてまた静音弾である、弾切れしてなお仁王立ちするアトラを狙うヴァシリの足元を狙う。やはり何の兆候も無くいきなり弾けた地面に射撃を中断、移動を始め、その鼻面に1発、背後にもう1発。耐えかねて壁際の凹みに隠れて、完全に動きを止める。


 今。


『俺の……ッ…!?』


 確信を持って放った青い閃光が1km先のライフルを撃ち抜いた。

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