北の英雄
「邪魔したかね? 邪魔したようだな」
白い外套で身を包み、しかしその上からでも屈強な体つきがわかる男性だ。20代後半程度、ライフルを携行していたが、こちらの臨戦体勢を見るやボルトを引いて射撃不可能にした。次に頭部の目出し帽を引っ張って外し、軍人そのものな角刈り頭を見せる。
スナイパーライフルだ、独立したグリップや着脱式弾倉を持たない木製銃床の。昨今においては軍用よりも狩猟用として見る機会が多いかもしれないフォルムである、1発ごとに手動装填するボルトアクション、ヒナのセミオートライフルみたくゴチャゴチャゴテゴテしておらず、装着するのはスコープの他にはスリングベルトのみ。胸に付けた予備弾は7.62mm、5発クリップでひとまとめにしている。
「どちらさん?」
「俺の名前はヴァシリだが、俺の事はどうでもいい。リーダー、手短に」
問いかけると自分の名前だけを述べ、護衛してきたらしいもう1人にこの場を明け渡す。彼よりずっと年上に見える髭面のやはり男、サブマシンガンを持っていたが動きがぎこちなく、AI兵器相手に戦えるとは思えない。いやたとえ訓練を受けていたとしても、あの銃が撃ち出す9mm拳銃弾は魔力貫通弾化してもユニバーサルドールの相手がせいぜいなのだが。
で、スナイパーの彼と同じく誰かと問うと、名前は名乗らなかったが、谷の集落の長なのだという。戦闘を起こすつもりなら指揮官の立ち位置、ならば要件は自ずと知れる。
「断る」
「まだ何も言っていないが……」
「湖周辺のAIどもを倒して奪還する、お前達も協力しろ、だろう? 我々は戦いに来た訳ではない、お前達ほどあの連中に執着は無いし、利益があるとも思えんし、何より勝算が無い」
「お前達が従えば十分に見込みが出る」
「従う? ふふ、なるほど、どうやら長殿はものの頼み方をお知りでないと見える」
彼が次の言葉を発する前にアトラは否定した、ひとまずついさっきまで逃がす退かすの話をしていた事と、自分がそもそも人間ではないという点は伏せながら。
目で見ただけでは彼女が機械だとはまず気付かない、体温まで再現されている。いやその前にここまで饒舌な機械が他にいるかという話、刺されでもしない限り素性は割れなかろう。
なんてヒナが考えている間にリーダーとやらは見る見る気分を害していく、アトラの表情が非常に印象のよろしくない悪役笑顔なのも手伝って、そう立たないうちに喧嘩越しになった。
「女風情が知ったような口を聞くな! 大人しく従えばいいのだ!」
と、おっしゃられた瞬間、アトラは変わらず嘲笑するのみだったものの、少なくとも彼はフェルトを敵に回した。ヒナもヒナで「うわぁ」なんて言っていたのだが、ちらりと横を見て彼女の目が完璧に冷めて据わってしまっているのを見ればそっちに向かって「うわぁぁ……」言い、空気に耐えられず焚火から離れる。
そうしたらスナイパーが目に入った、崖の急斜面に等間隔で穿たれた穴と、さっきまでサイクロプスが立っていた場所を見つめている。ちょっとまずいかな、と思い、気をそらすべく声をかけてみる事にした。
「プロでしょ、アンタ」
「そう見えるかな」
交戦意思の否定のためにボルトを開放するなど素人では思いつかない、何より歩き方に特徴がある。音が小さい、足跡の付かない場所を優先的に踏む等々、とにかく痕跡を残すのを嫌う足の動きだ。狙撃の腕は別として、しっかりした訓練を受けていなければ説明がつかない。
「どこから来たの?」
「山を越えてきた、ここからなら北東になる」
この谷の先にある高い高い山の反対側に本拠地があるのだと彼は続ける。人数はすべて合わせて2000人程度、そのうち1000人程度が戦う訓練を受けているという。人数だけならバンカーよりも多い、武器の古臭さは別として、今まで見つかりもしなかった、イカれたAIでも元人間の怪物でもない、明確な味方である。
「君達も大きな拠点を持っているようだな、見ればわかる」
「まぁ。こっち側には何しに?」
「友軍を探しにきた、それはおそらくたった今達成されたが……」
「山越えができない」
「それもある」
そして向こうも同じ考えのようだ、背中を任せられる仲間を求めている。だが、ヴァシリだったか、彼の表情は険しい。
山というものは同じ場所でも登りと下りで話が変わる、傾斜のきつい高山では特に。おそらく両者の間に横たわる越えねばならない山脈はこちら側のみ切り立っているのだろう、降りる事は降りれたが、登るなど到底無理、という事だ。
しかしあくまで徒歩の話、サイクロプスやヘリコプターなら容易に越える。
「……どうしてあいつらに協力を?」
「食事を恵んで貰った」
「それだけ?」
ちらりと背後を見る。まったく嘲笑を崩さず、しかし後ろ手に引っ付こうとする妹の顔面を鷲掴みするアトラを怒鳴り散らすオッサンは、少なくともヒナにはそこまでしてやる価値があるとは思えず、むしろ触手のぶつ切りでも叩きつけてやろうかって感じだ。しかも勝てない、1人で戦うも同然だ、絶対に死ぬ。
何故、と続けようとした、しかし彼は話を切り上げ振り返ってしまう。
「リーダー、そろそろ」
「チ…! 明日の日の出と同時に決行だ! 必ず来るのだぞ!」
「ハハハハハ! 一度も肯定していない相手に集合時間を伝えてどうするのだ!? 認知症の診断した方がいぃだっ!」
痛覚あるのだろうかこのロボット、後頭部をぶっ叩いたら呻いた。
「あんまりいじめんな」
オッサンを引き連れ谷へ戻っていく彼を見送り、次にフェルトの方を恐る恐る見れば、ひとまず危機は去っていた、ぶすりとした表情で調理器具を片付け中。目を戻せばどさくさ紛れに背中に巻きついた妹を引き剥がそうとするアトラ、思わず溜息をつく。
「もう片方の意見を聞きに行くわよ」
「そうだな……! 何はともあれまずそれからか……ッ!」
「その子の名前も決めといて」
「よーし妹よ! お前の名前はクレイジーサイコブレイダーサルミアキ子だ!」
「さすがにやぁぁぁぁ……!」




