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本 物 投 入

「あのぉー、ちょっといいですかぁー?」


 その一言で彼女は全勝して見せた。


 当該地域最大の特徴となる川はかなりの幅があったが、その谷は水の侵食ではなく急激な地殻変動によって生まれたように見える。最上部の幅200m、底を流れる水はかなり激しい。谷の出口にはちょっとした滝と湖があり、ここを流れていった水がそこに貯まっており、かつては原子力発電に使用していたと思われる。

 集落はその谷の中にあった、絶壁に掘った横穴を住居とし、人間1人が通れるくらいの通路(手すり無し)がそれらを繋ぐ。少しだけ下を覗いて見れば明らかに転落者の服だったらしい布の切れ端がそこら中にあった、以降、下を見るのはやめた。


 本題、住民からの聞き込みである。この寒冷な気候の土地にしては薄すぎるドアをノックしても大半は無視、反応があっても奥の方から何者か問う声がぼそりと聞こえるだけ、おそらく外気を中に入れたくないのだろう。

 しかしフェルトがいつも通りの超ふんわりシフォンケーキボイスで上の一言を発すれば例外なくドアは開いた、老若男女問わず、どれだけの強面で出てきても目が合った瞬間に毒気を抜かれていく。話が終わった頃には誰も彼も笑顔である、1時間もすれば必要な情報はすべて集まった。


 バンカーで同じ事をしたら?そりゃもう真逆の反応が起きよう。基本ゆるふわ幼女で通っているが、戦闘総隊内での彼女の異名は"拷問姫"である。


 AI兵器群が存在するか否か、まずこれについては確実に存在するようだ、湖を挟んで原子力発電所の反対側に常駐していて、谷の手前まで侵入してきた事が何度もあるとか。「こんな場所だ、上まで登るハシゴを外して引きこもればまず襲われはしねえけどよ、おかげで丘まで出られない」というのが最初に話を聞いた中年男性の証言、かなりの恨みを持っているように見えた。複数の話をまとめると、彼らが現れたのは1ヶ月前、数は不明だが少なくはない、今のところ誰も殺されていない、しかし、廃墟でのジャンク拾いができなくなったし、丘陵地帯での農業も狩猟もできなくなっている。食糧の備蓄はジリ貧らしい、退いて貰わねば全滅する。


 だからであろうか、屋内外共に武器が見え隠れしていた。まず谷の上に隠蔽された戦車2輌、全身錆まみれだったが戦闘可能な状態までリペア済。そして外の通路に転がっていた筒は榴弾砲の砲身と思われる、使う直前に組み立てるのだろう。

 そこまで見つけたのは偶然、で、気になって最下層の倉庫っぽい洞窟に忍び込んでみた。あったのは銃火器だ、全員が武装するに足る数の。ただしそこらへんの旧軍基地跡から拾ってきた骨董品である、精度も保っているとは言い難い。そんな装備でどれだけの事ができるのかは言わずもがなだ、もっと楽な自殺方法などいくらでもある。


「よろしくないな」




 ところで話は変わるがヤクの肉は硬い、歳を食った野生種となればなおさら。

 フェルトはまず家から持ってきたタマネギをすりおろした、肉と一緒にパック詰めし、しばらく置いておく。その間に雪を掘り返し始めたと思えば、最初からここが畑の上だと知って陣取ったようで、ニンジンとジャガイモが下から出てきた、AIのせいで回収されずにいた彼らの備蓄だろう。それぞれ皮を剥いて茹で終える頃には酵素の働きにより肉が柔らかくなっており、それに小枝を突き刺して、焚火のそばに立てる。

 まさか出先のこんな雪山でステーキを食べる事になると誰が思っただろうか、味付けは肉汁を使った簡易グレーヴィーソース、骨から取ったスープも付いてくる念の入れよう、足りないのは鉄板だけである。作った当人は対策してもなお硬い肉に苦戦していたが、少なくとも、居残り組より遥かに上等な食事をしているのは間違いない。というか奴らの料理をフェルトは料理と認めていない、あれは錬金術か何かなのだという。


「ヒナちゃんもね、砂糖がないからって塩入れるのやめようねぇ」


 やっぱり今日の彼女は黒さが目立つ。




「最近敷設されたケーブルがあったからついでに辿ってきた、潜伏位置は掴んである」


「電気は来てるのぉ?」


「完全自動化された設備だったらしい、止まりかけだがまだ発電してはいた」


 合流したアトラはいの一番に除染のため水をぶっかけられたので、風邪を引くことはないが焚火の近くから動きたがらない。サイクロプスは意気揚々と崖を垂直に登っていった、あたり一番の高所で見張りをしている。

 というかやっぱり違和感があるな、アレが味方というのに。


「で、やはり共存は無理か」


「移動させられない?」


「現状おそらく奴らは、発電所周辺の電波障害区域から出た瞬間に管理者からの指令信号を受信してしまう筈だ、退けというのは奴らにとって死ねに近いぞ。メルが私にやったように命令を突っぱねる改竄もできるが、その為には時間がいる」


「全機を処理するなら5日は必要……でも明日にはきっと……」


 とかつって

 アトラが尻ひとつぶん脇に退く

 同じだけついてくる

 ヒナとフェルトはとりあえず黙る


「……5日くれれば解決すると言ったところで信じないだろうよ、対抗手段を持っているお前達と違って連中のAIへの憎悪は並々ならぬものがある」


「殺す直前、絶対に存在を否定される……すごく辛い……ね…?」


「…………私は遠距離から撃ち抜いてきたクチだからそういうものを耳にした覚えはないが……」


 また横移動した、やはり追従、アトラの背中から離れない。

 繰り返し言うがヒナもフェルトも黙ったままである。


「ひとまず向こうにも会ってみよ…? どうしたいのか知らないと……」


「仕方ない……サイクロプスを先行させて話をつけさせる」


「喋れるの……?」


「機械同士の交信に発声機能なんぞ…必要…………でぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇい!! 離れろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぃ!!」


 そのまましばらく触れずにいたら、とうとう我慢できなくなったアトラが勢いよく立ち上がった。背中にひっついていたものはそれで剥がれ、「やんっ!」と雪の上に転がる。


「いけずぅ……」


 アトラとまったく同じ、この雪山では見ているだけで寒くなる黒ノースリーブとスカート、アームカバーとソックスが申し訳程度に手足を覆う。両腰には鞘が備えられ、それぞれに直刀が収まる。これまで無表情を保っていた目は潤み、口元に指。


 AI側正式名称"BD-3SR リベレーター"である。

 人類側コードネーム"ジャック・ザ・リッパー"である。

 アトラ(ナイトメア)の妹である。

 ヤンデレと噂の。


「いったいどこから湧いて出た! 雪の下か!? 水の中か!?」


「何を言ってるの……工場を出てからずっと一緒だったのに……」


「は……?」


「本当はもっと近くにいたかったけど、交戦開始範囲の中だと戦わないといけなかったから……ずっと待ってたの」


「……………………な……」


 まぁつまりもうちょい話を詳しくするとだ、

 たぶんメルのタブレットから予備ボディに移った時点でアトラは彼女に捕捉されていた、しかし同時に管理者にも存在が認知されたので、即時に破壊命令が出されてしまった。口ぶりからするとその命令は一定の距離内に踏み込んだ時点で強制執行されるらしく、姉様愛しで近付いたら姉妹で殺し合いが始まるという訳。

 しかし原発周辺なら管理者の目は届かない、ここで接触し、メルのハッキングプログラムにより管理から外れればずっと一緒にいられる。だから待っていた、このタイミングまで、一定範囲外を維持しつつ、移動軌跡やら狩猟痕跡やら、たぶん臭気まで総合してアトラを追いながら。

 気付いていなかったようだ、聞いた瞬間にアトラは愕然としてしまっている。人類側が送りつけてきたあらゆるスナイパーとの狙撃勝負(≒隠れんぼ合戦)に勝ってきた彼女の上を行く隠密行動である、当然、ヒナにもフェルトにも見つけられる訳がない。


「でももう大丈夫……姉様の敵は全部私が倒すから……全部、そうぜんぶ……」


「いらん! どっか行け! それ以上近付いたら榴弾ぶち込んでやるぞ!」


「ぇ……して…くれるの……?」


「あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁあのアマ余計な事しやがってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 アマ言うのはメルの事か、感情植え付けてやったとか言ってたし。


「あっと……」


 なんて、頭を抱えて叫びまくっていたアトラであるが、急に静かになるやライフルに手を伸ばす。続いて上方で4脚歩行音がし、見ればサイクロプスが消えていた。


「武装した人間が接近」


 それを聞き、慌ててヒナも自分の武器を掴む。

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