補給
トンネルを抜けると雪国だった、なんて洒落た演出は一切無く、丸1日かけて核の荒野を抜けた後、徐々に視界が白くなり出した。目的地近くまで着いてみればこの有様だ、前後左右どっちを向いても雪まみれ。
どうやらかなり標高の高い場所にいるらしい、ヒナが着ているのはサーマル対策として強力な断熱効果のある迷彩コートだが、その程度で跳ね返せる寒さではなく、そのコートを周囲に合わせて白く変色させつつ、バッテリーに繋げた電熱器と鍋を広げ、その前にしゃがみ込んで、放り込んだ雪が溶けるのを震えて待つ。飲料水の確保である、このまま沸騰させて10分、冷ました後に清潔な布を通す。安全に飲めればそれでいいのだ、後はフェルトがどうにかしてくれる。
「骨も使うのか?」
「うん、スープにするよぉ」
そのフェルトはヒナの少し前方、雪まみれの斜面のやや盛り上がったあたりで毛むくじゃらのウシみたいな動物を解体していた。そのヤクとかいうらしい動物は通常でも1tの体重を持つのだと聞いたが、倒した個体は明らかに3t以上ある、8.6mm弾を数発撃ち込んでも怒らせるだけだったし。
ただ、25mm榴弾にはさすがに屈した。フェルトの横で解体の様子を眺めるアトラが携える武器は全長120cm、重量15kgに及ぶ、予備弾と周辺装備も含めて考えると人間が使うにはだいぶアレなスナイパーライフルである、アサルトライフルでも扱うような構えで3発も撃てばヤクの頭部は消し飛んだ。
「では次は私達のエネルギー補給だ、原子力発電所に向かう」
「バッテリーは?」
「その程度じゃ足しにもならんわ、レールガンナメるなよ」
「取れてんじゃん……」
持ち運びできる最大量の入手を確認したのち、アトラがヒナの方を向いた。続けて4脚の特徴的な移動音が聞こえてきて、斜面の下から三角錐が現れる。
リペアサイクロプスの攻撃力は擱座時のままである、強いて言えば対戦車ミサイル2発が残っている。レールガンは脱落したまま、滅茶苦茶になった本体装甲は鉄板とアクリル板でキャノピーっぽく仕立ててあり、内部が居住部となる。レールガンの運搬土台みたいな構造だったため、そのレールガンが無い今、中身はスッカスカなのだ。ぺたりとお座りしてキャノピーを開け、大量の肉を機内に招き入れていく。フェルトは肉と一緒に雪もパック詰めしたので、消費し切れない分は持って帰れる、むしろ持って帰る気しかない。
「帰る頃には酷い事になってるだろうしねぇ」
などと作業しながら彼女は言った。残してきたあの2人がマトモな食生活を送る訳がない、という意味と思われる。
「もう酷いんじゃない?」
「あはははははは、少しは痛い目見ればいい」
あと、今日のフェルトはなんか黒い。
満面の笑みでそんな事をおっしゃる彼女が積み込みをする中、ヒナは沸騰し始めた鍋から一時離れる。サイクロプスのそばまで行って、広げられた地図へ目を向けた。
「発電所はここからは下にある、目的の反乱AI群がいる、と思われるのもそのあたりだ。山を降りた時点で壊れかけの発電所に起因する電波干渉が始まるから、無線通信にはあまり頼るな」
「放射線もね」
「その通り、だから充電には私達だけで行く。お前達はその間、発電所の奥にある谷を調べてこい。情報によると、人間の集落もあるようだ」
丘陵地帯と渓谷地帯の境界線である、ひとつの川が横断するその地図は丘陵地帯には原子力発電所と、他に町の廃墟が示されている。谷には何も無い、当然である、これはAI側が持っていた地図だ、人の集落が書いてある訳が無いし、もしあったら即刻消しにかかる筈。たぶん、情報というのはバンカーのサーバーから引っ張ってきたものだろう。
という事はメル、やはりあのバックドア騒動の時に自分のバックドアを。
「かなり近いわね」
「反乱兵器が本当に存在するなら何かしら影響を被っているに違いない、そうでなくとも地理には詳しいだろう。知っている事を話させるんだ、対価に使えるものを用意しておけ」
「対価?」
「ただお願いするより土産付きの方が話が早く進むだろうよ」
その地図の渓谷地帯を指差しつつアトラは話を続ける。
基本的にこの時代の人間は飢えているのだ、そしてそれは腹だけではない。無償で他人を助けたがる奴は、まぁバンカーには割といるが、世界的には絶滅危惧種だ。極少数派を探す時間があったらまた弾を数発消費して動物でも引きずってった方がいい、という話。
「そういう事ならアレがある」
「ヤクの肉か」
「いや」
と、積み込み作業を続けるフェルトを指差しながらヒナは言う。すぐに彼女はめっちゃ嫌そうな顔をしたが、今入手した肉を使おうというのは否定する。
ヒナが指差したのはフェルト自身だ。
「ゆるふわ幼女の笑顔」




